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『ONとOFF』出井伸之(新潮社)<br>『ソニーが危ない!』荻 正道(彩図社)

ONとOFF

ソニーが危ない!

→紀伊國屋書店で購入

→紀伊國屋書店で購入BGM (Boston/Don't Look Back)

「出かける時は忘れずに
 空白の10年
 新しいoff timeスタイル」

006便はロサンゼルスの朝の10時頃に着く。いつもそこから101を90 mileほど北上するが、海岸に抜けるまでは殺風景な景色が続くので、ここぞとばかりにお気に入りのハードロックを流すFMステーションで気分をつなげる。ただ、ウチの家族がいる時は、皆一先ず一安心して熟睡しているので、FMを消して、頭の中だけでMore Than a Feelingを流したりする。

自慢じゃないですけど、ウチの家族の自慢は、そんなに何回も行っているわけではないですけど、出かける時は観光観光していないということです。大まかな場所はともかく、その日その日を何か次はどこ次はどこと行動するというものでもないということです。知り合いにお願いする時は、観光しているみたいですけど、私は仕事で別行動になりますので。

ホテルに着いてシャワーを浴びて、私が近くのマーケットで水とワインと適当な食べ物と珍しいチープなキッチン用品とかを買って帰ると、子供達は下の芝生でどこから見つけたのか、キャッキャとキャッチボールとかフリスビーをしているし、奥さんは奥さんで、ソファとかベランダのデッキチェアとかでのんびり文庫本を読んでるし、私はかかえて来た大きい紙袋と車のキーをTVの前において、ベランダから見下ろして「ほらほら、周りに迷惑でしょ」とか言ってしまったりするのが妙に嬉しいoffの瞬間だったりします。

サンタバーバラに隠れ家があるの?」と聞かれて「まあね」とかで妙に嬉しかったりで、でもいつも仕事で来ているので何かと気は許せないのですが、こちらのベンチャービジネスで大成功したVirgil Elingsに紹介してもらったFess Parker's Red Lion (今はDouble Tree)のOcean Viewのベランダで、ビールにサンセットで1日を終わらせるのは、結局その後夜な夜な夜空のムコウを見上げながらメイルで四苦八苦するにしては、昼間1時間毎のアポに忙殺した自分への最高のご褒美だったりします。
www.fpdtr.com
www.motosolvang.com/history.html

要は仕事のことはいつも頭から離れないし、でも一瞬の気持ちoffの時くらい、家族と笑える時くらい、アクセクしても仕方がない精神的バランス、仕事はどこに行っても追いかけて来るし、時差ボケそのまま夜中のリプライをしなければならないし、真夜中にホテルで日本向けの仕事をすること程エキサイティングなことはないし、結局睡眠不足を引きづることにはなるけど。

仕事でもう何回行ったかは覚えていないのですが、またいつものUCサンタバーバラで学会があって、主催者は、私がウチの子と行くということで、一つのホテルを用意してくれました。リビングとは別にベッドルームが2つありますから、お子さんもコムフォトブルでしょう、とかでしたが、私は昼間は学会で、その間、車も使えず放っておく訳ですから、学会会場から離れたホテルに放っておく訳にもいかず、夏休みの間に解放されるスチューデントドミトリを2部屋にしてもらいました。先方からは「シャワーやトイレは部屋にはなくて、廊下に出た所の共同ですけどいいんですか?」みたいなメイルも来ましたが、私も時にはそんな環境が嬉しくて、ドミトリのお隣さんのような感じで個別に2部屋取ってもらいました。子供が小さい時は家族用の住宅を貸してもらったりしましたし、先方は「そうですか」みたいな感じで。

朝食は学生食堂、と言ってもトレーを持ってのかなりお洒落な感じですが、夏にしては朝の涼しい吹き抜けの海風が気持ち良い食堂です。学会に参加するこっちのプロフェッサーも短パンでトレーを持っていたりで「モーニン!」と、食器の残響音が響く食堂で目で挨拶したり。「さっきあの先生、廊下で腰にタオル巻いてシャワー浴びに行ってたよ」とかで。

ウチの子は昼食時になると学会会場まで来て私と合流、夕方はポスターセッション会場で、見ても分からないだろうナノテクのポスターパネルをプリッツエルとジュースを持ちながら、それも学会のタッグを首にかけながら歩いていたりするのを見つけると妙に嬉しかったりする。

「へ〜、皆Tシャツとか単パンとかで割と気楽なんじゃない。ビールやワイン飲みながらだし、お父さんももう飲んでるの?」「いやいやこれはこっちだから」とかで「昼間何してたん?」「ん? 適当に本読んだり、少し走ったり、海岸線気持ち良かったよ」

キャンパス下のビーチのBBQパーティではノーベル賞級の先生に並んでチキンを取っている。

「あの先生スタンフォードの有名な先生なんだよ」「へ〜、でも何か格好良いね」とかで、でもこれはウチの子供だけじゃなくて、こっちの人達は夕方ともなると、奥さんや子供がどこからともなく現れてレセプションに加わる。

何か水平線にオレンジ色に沈むサンセットに、学会でよんだソンブレロのメキシカンカルテットの軽快な曲が響いて、Virgil Elingsは遠くから私と私の子供を見つけてウインクして乾杯の仕草で、こんな瞬間をウチの子はどこまで覚えているのかなあ、と。

「じゃあ気をつけてね」と家族を空港に送って、X線ゲートで手を振りながら消えていく様子を見てから私は真顔になって仕事に戻る。今度は一人でハードロックステーションをガンガンにかけながら海岸線を戻る。原稿とか明日のプレゼンとか。

・・・

出かける時は忘れずに、という米国のCMでソニー盛田昭夫氏は反対の手にウオークマンを持っていたという話がある。現在のiPod系スタイルに至る、単なる家電製品ではなく、我々の生活のいたる所で個人的に音楽を聴けるという全く新しいoff timeの文化を創出した功績は大きい。

我々の世代は、自分でコントーロールが可能な個人のoffの世界というものを、ウオークマンの誕生と共に身を持って体験して来た。それが前提もなく、始めから全てがコントロール出来る世代から最近の異常な犯罪に結びつく話はまた改めてしたいとして、そのソニーは、私が格好良いなあと見ていた出井氏がCEOに就任して、ディスプレイ領域などの経営戦略に遅れを取り「空白の10年」と言われる事態に陥った(田口トモロヲの発音で)。

もともと出井氏はその大胆な言動に似合わず、極めて慎重な性格で、注意深く綿密な計算の上に布石を打つという(神話を継ぐ者の宿命、から)。しかし今年度は、映画事業のノレン代3100億円を一括消却した時以来、11年ぶりの連結営業損益赤字ということで、東証株価指数TOPIX)は、この1年でマイナス20%の騰落率を示し(エコノミスト12/13号)今年の6月にはストリンガー新CEOと中鉢新COOによる「周回遅れ」の再建が始まった。

オークマンが世に出て以来、盛田スタイル、出井スタイルは時代の寵児であり続けて来たし、ワインとゴルフのセレブリティは、新しい国際VIPのスタンダードの四半世紀にも見えた。でも何が違ったのだろう。コッポラ直々のトマトパスタを御馳走になったり、エルメスエスパスを手に入れたり、それでも仕事の事は24時間頭の中から離れなかったはずなのに。それにしても「ONと

OFF」はほんの4〜5年前の話。もしかして、そうやって読むと、そのoff timeデザインは既に古かったのかもしれない、か、そのようなoff timeは日本の経営には向かなかったのかもしれない。

日本人は働き過ぎ、というのは全くのウソで、アベレージを比較すればそうかもしれないが、海外の、特にアメリカのトップクラスは、早朝からトップギアで仕事をしているし、頻繁にメンタルヘルスのカウンセルは受けているし、本当の社長出勤とは、早朝の5時6時7時にはトップギアに入れていることで、朝ノロノロとoffピークもなく満員電車に揺られるアベレージで比較するならば、その他大勢に甘んじることになる。

今年のクリスマスイブ、新聞の一面には「ソニー…斜陽」の見出し。

時代とは難しい。

プロジェクトXが終わり、新しい年が始まる。

新しいoff timeデザイン、そして、走り続ける美徳を期待したい。

『ONとOFF』出井伸之(新潮社)→紀伊國屋書店で購入

『ソニーが危ない!』荻 正道(彩図社)→紀伊國屋書店で購入