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『Natural Born Killers 特別版』オリバー・ストーン(ワーナーホームビデオ)

Natural Born Killers 特別版

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BGM(Nine Inch Nails/closer to god (1994))

「you let me violate you
 you let me complicate you
 my whole existence is flawed
 help me get away from myself」

あの街には小さな公園があって、夜になるとあの木の下に女の子が見えるという。

覚えているかい?

幼い頃は大人の見えないものが見えて、家の中にも時々その女の子がいるという。

あの暗い廊下の奥だったか、あの部屋の壁側だったか…

ところが、私の背後にはいつも何人かの人がいて、声は聞こえないがいつもヒソヒソ話をしていた。とりわけあの日の夜は体がこわばり、そのまま動けなく なったが、その後、そのようなことは気にならなくなった。それでもなぜあの時だけ、特別な気配を感じたのか覚えていない。


なぜあの時だけ、あそこに行ったのか覚えていない。確かに平日の昼間、何かの目的があってあの駐車場に車を止め、何かの目的があって目をとじて呼吸を整えていたが、その目的が思い出せない。そしてしばらくして目を開け、車内のバックミラーを見ると、スローモーションのように人が落ちてくる黒い影が一瞬上下を横切った。少しデレイがかかり、ドンという音が聞こえて、自転車置き場の屋根に人が落ちた。そして私は車を出し、何ごともなかったかのようにまた仕事に戻った。その後、早朝に同じ場所で人がぶらさがっているシルエ ットを見た。その後、そのようなことはない。それでもなぜあの時、自分があそこにいたのか覚えていない。


nobody can stop fate

nobody can

MickeyはMalloryに言った

あの橋から赤い血がしたたり

あの橋から白い布が舞う

次に何が起こるか分からない、それもfate


when you got nothing

you got nothing to lose

Bobは私に言った

風に揺れる木の陰が私を襲い、それも畏れ多く

それでも私は救われたのだろうか分からない、それもfate


私は痴呆になってもあなたに花束を贈ります

私は■■になっても毎日毎晩イノセントなプレゼントを買って帰るから

だから、あなたは、それを笑顔で受け取って下さい

nothing can stop me now

'cause I just do not care


ベランダからオレンジ色の炎が見える。白い煙が南東になびく。

ここぞとばかりに深夜にサイレンを鳴らし、消防車が集まる。

火事はじきに鎮火し、黒い煙となり、それでも増々消防車は集まる。

こういう時はいつもブートレグを聴いている。

車がガードレールにぶつかる音も聞こえた。

ベランダからガードレールに乗り上げた車が見えた。

何のブートレグを聴いていたか覚えていないが。


強烈なストレスの毎日は、show timeだと割り切るが、また手首がしびれ、耳の調子も悪く、静かになると右の耳から自分の血液の流れる音が聴こえてくる。右の耳は思考を司る耳で、私にとっては左の耳さえ残っていれば生活に支障はない。あのコンタクト(1997)でヒトラーの映像を乗せた信号音のような、 でもこれが止まる時が私の最期の時なんだなと、今夜も睡眠薬は飲まないが、 ただし深くは眠れない。その繰り返しはもう慣れた。夜中はヘッドフォンにうつむく日々が続き、キーボードを打つ指は左脳で仕事をしているが、右脳は天井を抜けた遥か上空で夢を見る。


ヘッドフォンの音が途絶えた一瞬、遠くでサイレンの音が聞こえた。

ディスプレイから目を外すと、磨りガラスの向こうに赤く明滅する光が見え た。ヘッドフォンを外し、ベランダに出ると、界下右下にオレンジ色に燃え盛る炎が見えた。民家がオレンジ色にメラメラと燃えている。

これはまずい。

火事がまずいのではなく、このオレンジ色の炎がまずい。ドラマの初回に火事の場面は縁起が良いとされるが、私はただ、やはりオレンジ色の炎を見てはいけない。

これで何回目か定かではないが、夜空に煙が昇り、火の粉が舞うオレンジ色の炎を見ると、いつも決まって奇妙な夢と奇妙な感覚にうなされる。握り拳に腕を振るわせ、冷や汗をかいて、またここがどこか分からなく目が覚める。ただ今夜は平気かもしれない。今夜は何かやることが山ほどあったはずで、しかしながら何もやる気がおこらないこれ以上のストレスはなく、だから、オレンジ色の炎に翻弄する自分が楽で、それ以上に望むものはない。

燃え尽き症候群になる暇のない私は、全くやる気のおこらないストレス以上のストレスを自分に与えて残る余命を振り絞る。そして徹底的に自分を叩きのめす。


ナチュラルボーンキラーズ(1994)は何か私の前世からのトラウマのようなものを思い出させる。次に何が起こるか分からない、その快感と失踪感。

私の遺伝子に焼き込まれた、何か遠い昔、まだ我々の魂が暗黒の宇宙をさまよっていた頃に焼き込まれた記憶をたぐり寄せるかのように、これもfate か。 ロバートデニーロのフランケンシュタイン(1994)を見て、モノトーンに沈む気持ちに耐えられず、そのまま引き続きナチュラルボーンキラーズを観た。観ようと思って観たのではなく、数ブロック歩くとかかっていたので観た。あの頃はどんな映画でもよく、ただ何を観ても何も感じなくなってかなり時間が経っていたが、久々に心臓がえぐられるかのように流れる出る血液の音が頭の中で 聴こえる最後の映画だった。その後、不思議なことはあまり起きなくなった。 そのかわりに私の左の耳には、永遠に鳴り響くかのようにあの曲のリフが残った。


その後、私はNKベイでこの上もない至福のNine Inch Nails(2000)を体験し た。もう2度と観ることのない、これ以上のことは2度と起きることのないラ イブだった。どんな曲を聴いても、どんなステージを見ても、何も感じなくなっていた30いく年かのロックな人生に40を過ぎてようやくたどり着いた一つの 結論だった。

何百人かの少数のオーディエンスに身をあずけ、恍惚(ほれぼれ)する格好いいステージに、シンプルにのめり込む最後のライブだった。


please do not hurt me any more...

いつの間にか私は自嘲気味に笑い、2階席の手すりを握り、幻を見るかのよう にアリーナでストンプする観客から焦点を外す。そうだ、あの日の夜も、オレンジ色の炎から焦点を外し、呼吸を整え、手すりを握った。


遥か界下を流れる川に2人の血がしたたり、白いスカーフが風に舞う

それで十分ですよね?

それでは、みなさん、サヨウナラ


I hurt myself today

to see if I still feel...

if I could start again

I would keep myself

I would find a way...


PS・・・でも、これで終わると危ないので、行き当たりドッカンで、アンコー ルワットへの最短距離を狙っています、みなさん、うまく地雷を踏んだらサヨ ウナラ(1999)、にしておきます



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