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『オランダ・ベルギ-絵画紀行ー昔日の巨匠たち』(フロマンタン)(岩波書店)

オランダ・ベルギ-絵画紀行ー昔日の巨匠たち

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私の友人が異種格闘技ワールドカップを考案した。「哲学者ワールドカップ」ではー彼はフランス人なのでーデカルト、ルソー、サルトルディドロの屈強なフォーバックを揃えた彼の母国は世界最強だが、コンビネーションの悪さから失点する悪癖があり準優勝止まりである。「文学者ワールドカップ」は、シェイクスピアという強力ワントップを擁するイギリスはいつも優勝候補で、「画家ワールドカップ」は、レオナルド、ミケランジェロの強力ツートップを擁し、そのうえに世界の画家選手を3/4以上輩出するイタリアの独壇場。

「ベルギーは豪華な美術書のようなものである」(本書14頁より)という言葉が本書の意図するところのフランドル絵画の魅力を能弁に語る。誰もが知るようにルネッサンス期イタリアは西洋美術の極めつけの黄金期であるが、同時代のフランドル画家の作品群も準優勝級の品質と量を誇っている。油彩を発明したとされるファン・エイク兄弟の作品群はその最高峰と言えるだろう。人物描写の素晴らしさもさることながら、ブリュージュのようなハンザ同盟都市においては手織物の商売に役に立つものならば、タペストリー描写の精緻さ艶めかしさに人間技を超えた技巧を示す。ゲントのバーフス教会にある多翼祭壇画「神秘の子羊」や、ルーブルの「ロランの聖母」はそうした最大傑作としてつとに有名であるが、グローニング美術館の「聖母と寄進者ファン・デル・パエル」においては描写は精緻さを極め、絵画で表現可能な臨界点を示すかのような恐るべき仕上がり具合だ。それにもまして、ロンドンに住むものとしては、あの謎めいて素晴らしい「アルノルフィーニ夫妻」を何時でも毎日でも何回でも観ることができる特権と喜びを吹聴しなくてはならない。

フロマンタンの真の興味はあの辟易とされられるルーベンスにあるので、ファン・エイクの弟子のメムリンクやファン・デル・フースを語るときにもいちいちルーベンスを引き合いに出す点ありがたくないのだが、この画家兼作家の手引書は、同分野にいい翻訳書が現行見当たらないこともあって、ブルージュアムステルダムアントワープブリュッセル美術紀行概説書として十分に役に立つものだ。こうした分野をカバーする本が、廉価の文庫本で刊行されていること自体を多としたい。

(林 茂)


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