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『竜とみつばち-中国海域のオランダ人400年史』レオナルド・ブリュッセイ著、深見純生・藤田加代子・小池誠訳(晃洋書房)

竜とみつばち-中国海域のオランダ人400年史

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 本書評は、早瀬晋三著『歴史空間としての海域を歩く』または『未来と対話する歴史』(ともに法政大学出版局、2008年)に所収されています。



 「VOC[オランダ東インド会社]の文書にのみ基づいて歴史を述べると、視点が一方的になりがちだ。そこに残されているのは多くが、戦争の遂行、狡猾な中国人、きりもない交渉、守られるかどうかわからないVOC職員への指示といった記事である。他方、当時の中国側の史料もやはり一面的だ。福建省当局は、現存する報告書をみると、オランダ人に手を焼いていることを北京の宮廷に報告するのに消極的だった。オランダ側の史料は、一六二八年から一六三四年の間、はなはだしい海賊の害をこうむっていると主張しているが、福建の官憲の方では、これが<普通の>海賊の枠組みにおさまらない異常事態であることをよく知っていた。したがって、じつはオランダ人の暴力的な行動こそがこの海賊行為を助長したのではないかという疑問が生じる。注目すべきは、一六三四年に正常な交易が実現すると、海賊がすっかり姿を消してしまったことだ。この問題を検討するためには、中国の史料とオランダの史料を突き合わせてみる必要がある」。


本書でもっとも読みごたえのある台湾にかんする章で、著者のブリュッセイはこのように述べている。この一文だけで、本書が超一流の文献史学者によって書かれたすばらしい本であることがよくわかる。


 本書は、1989年に予定されていたオランダのベアトリックス女王夫妻の中国訪問にあわせて、わずか半年間で執筆するよう依頼された「オランダ・中国関係史の概説」である。オランダ語版とともに同時進行で翻訳された中国語版は、女王出発の1週間前にできあがったが、そのとき天安門事件が勃発し、女王の中国訪問は中止になった。両国の首脳が、本書を手に交流する姿を見る著者の楽しみは、1998年の女王の中国訪問まで延びることになった。本書の「オランダ語版と中国語版は、表紙の挿絵を含めてほぼ同一の装丁で製本された」。しかし、タイトルは同じではない。オランダ語版は『中国への表敬:オランダ・中国関係の四世紀』、中国語版は『中国・オランダ交流史:1601-1989』である。この違いの意味がわかると、本書はもっと楽しめる。


 本書は、依頼されたようなたんなる「オランダ・中国関係史の概説」ではない。著者は、「日本語版への序文」で、「普通の歴史を書く代わりに、中国のオランダとの関係が他の諸国との関係とどのように異なっているかという問題を取り上げるほうがはるかに興味深いと、私はすぐに決断した。また、なぜオランダ人がしばしば「ヨーロッパの中国人」と呼ばれ、そして、中国とその数千年の歴史を誇る文明に魅せられたか、明らかにしようと決めた」と述べている。


 1989年には、まだ近代の歴史学の名残が強く、二国間関係の制度史で書く者が多いなかで、二国間関係史を多国間関係のなかで相対的に書くことができるだけの力量のある研究者はそれほどいなかった。本書のすばらしさは、「一国主義・国民国家史観やヨーロッパ中心主義を問い直す」などと、お題目を唱えるのはそれほどむつかしいことではないが、それを単著にまとめて例示することがむつかしい中国海域の歴史を、短期間にみごとに書いたことだ。本書は、東・東南アジア史を海域世界を中心に書いた地域史としても、海洋国家オランダを中心とした世界史としても読むことができる。また、文化史としても優れていることは、つぎの台湾にかんする一節からわかる。「オランダの教育の成果は、これまで想像されていたよりも、じつはずっと浸透していた。一九世紀初頭まで、フォルモサの言葉が一七世紀のオランダのカールした筆記体で書かれ続けていたことを示す文書が、たくさん発見されている。土地の売買の際には、漢字とフォルモサ語の文章を併記した二言語の証書が作成されていた。こうしたことがらが、元来の住民が円滑に福建からの移民に同化するのに役立ったのは確実である」。


 実証主義的文献史学を重視する著者は、レイデン大学ヨーロッパ拡張史研究所において、長年にわたって若手研究者や大学院生らとともに、『ゼーランディア城日誌』など一次史料を翻刻し、訳注を付して刊行する作業にも精力を注いできた。そのいっぽうで、「書かれていることより書かれていないことの方がはるかに大事」であることを充分承知していて、文献ではわからない歴史叙述に挑戦している。

 著者の人柄や業績については、「訳者による解説」に詳しい。その業績のなかで、『おてんばコルネリアの闘い 17世紀バタヴィアの日蘭混血女性の生涯』(栗原福也訳、平凡社、1988年)が注目される。本書評ブログで紹介した羽田正『東インド会社とアジアの海』(講談社、2007年)でも、重要な参照文献になっている。訳者は、「歴史家ブリュッセイの真骨頂は、大量の史料に依拠した文の集積の背後から、主人公の人となりや集合心性や特定の時代状況がふわりと、しかし鮮やかに立ち上がるところにある」と評している。


 著者のように「最もおもしろいミクロ・ヒストリーの本」を書ける歴史研究者は、そういない。なぜ、書けるのか? それは、著者がどん欲に学び、正確に書こうと努力し、読者に時代や社会、人の生きざまを真摯に伝えようとしているからだろう。学ぶことの多い本である。

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