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『天皇陛下の全仕事』山本雅人(講談社現代新書)

天皇陛下の全仕事

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 住所は、「東京都千代田区千代田 皇居 御所」、姓はない。職業選択の自由もなければ、定年も引退もない。休日出勤は当たり前、休暇先にも仕事が運ばれてくる。もし、天皇がいなくなったら、本書に書かれている仕事のかわりは、だれがどのようにするのだろうか。いなくてもなんとかなるのか、いたほうがいいのか、本書から考えてみよう。


 著者、山本雅人は、「昭和四二(一九六七)年、東京都生まれ、学習院大学文学部日本語日本文学科卒業後、産経新聞社に入社」。「平成一五(二〇〇三)年二月~同一七年二月、宮内記者会(宮内庁記者クラブ)で皇室取材を担当」。その経験を基に本書を執筆したが、そのきっかけは、「宮内庁の担当として実際に毎日見る以前と以後との「天皇像」に大きなギャップがあり、一般の人もほぼ同様なのではないかと思ったからだ」。この手の本は、著者がどのような背景をもち、どのような意図で書かれたかによってずいぶん違ったものになる。


 たしかに、学校教育で習う天皇の仕事は国事行為で、「衆院の解散」「総選挙の公示」など数年に一度しかないものが含まれている。いっぽう、テレビニュースなどで映しだされる天皇は、「一般参賀や地方訪問での「お手振り」、展覧会鑑賞など」で、その全体像はあまり知られていない。その第一の理由は、皇居内での行事が多く、公開されないものが多いためだという。


 本書は、天皇制をめぐるさまざまな議論の前提として、「そもそも天皇はどのような仕事をしているのか」をきちんと知ることが重要だという観点で書かれた。その構成として、「まず、皇室の構成や天皇の行事の法的な分類、仕事内容の内訳について説明する。天皇の行為は、1憲法に明記された「国事行為」、2「公的行為」、3「その他の行為(私的行為)」の大きく三つに分かれる。「国事行為」と「その他の行為」の中間に、「公的行為」という分類があるのである。政府の見解によると、公的行為とは「象徴という地位に基づき公的な立場で行われるもの」だという。国体開会式も歌会始も外国訪問も、この「公的行為」に属している。国事行為以外に、この「公的行為」についてもきちんと知ることが、天皇というものを理解するうえで不可欠なのである」。


 つぎに、「このような概略説明に続けて、法的にもっとも重要な国事行為の実務である「執務」(上奏書類の決裁)、皇室内部でもっとも重要であり、天皇制存立の根幹にかかわる「祭祀(さいし)」、そして全仕事の約四分の一を占める「外国との交際(国際親善)」関係の行事、地方訪問も含めた国内のさまざまな「公的行為」の行事、「その他の行為(私的行為)の順に、天皇の仕事の解説を試みた。その際、宮内庁担当になったばかりのころの新鮮な驚きと一般の人の目線を大切にするよう心がけた」という。それは、「平成琉」とよばれる相手の目線と同じ高さで語りかける今上天皇から学んだことかもしれない。


 本書を読むと、劇的な時代を駆け抜けた昭和天皇とは明らかに違う天皇像がある。それは、本書の裏に羅列してある見出し語のいくつかを拾ってみてもわかる。「平成琉の「お声かけ」の後、「福祉施設ご訪問/ハンセン病療養所ご訪問/災害被災地へのお見舞い/広島、長崎のご訪問/サイパン島ご訪問/・・・」と続く。また、福祉とならんで、皇室の果たしている役割の柱として、芸術や学問など文化振興がある。「文化振興は世界の歴史をみても、近代国家の君主の役割として共通するものである。日本では戦後、天皇は政治的権限を持たない存在となったが、文化の分野は政治性が薄く国民の合意も得やすいため、象徴天皇の時代となっても引き続き重要な「仕事」として取り組まれている」。


 「天皇の政治的利用」がされないかぎり、天皇・皇族の存在は、日本国、日本国民に利益をもたらしているように思える。しかし、これまでも国民が気づかないうちに「天皇の政治的利用」が行われてきた。本書では、1989年の天安門事件後の1992年の両陛下の中国訪問が、「西側諸国が発動した経済制裁を解除させる突破口」に使われたことなどが紹介されている。いつ、どのようなかたちで、利用されるかわからないという危険性は否定できない。


 最後に、2002年の世論調査で、天皇制を「廃止するほうがよい」と答えた人が8%であったことを記している。ほかの調査でも、積極的に廃止に賛成する者はすくない。しかし、無関心である者が半数を占めるという結果もあるということは、なにかのきっかけで半数以上が廃止に傾くこともあり得るということである。いずれにせよ、年間数億円が「内定費」「皇族費」として使われており、少なからぬ影響がある存在だけに、もうすこしは天皇陛下の仕事を知ってもいいだろう。

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