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『超高齢者医療の現場から-「終(つい)の住処(すみか)」診療記』後藤文夫(中公新書)

超高齢者医療の現場から-「終(つい)の住処(すみか)」診療記

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 著者、後藤文夫は70歳を過ぎた医師である。本書を出版しようと思い立ったのは、本書に登場する85歳以上の超高齢者の「終焉がわたくしの心に強く響いた」からである。「その「心に響いた」病歴には、「こうありたい」と思う終焉がある一方で、「どうしたらこのような最期を避けることができるか」と自問自答するもの」も少なくなかったという。その理由を、つぎのように「おわりに-おだやかな超高齢期とリビング・ウィルの普及を期待して」で書いている。


 「男性は女性よりも「社交性」に劣り、「おだやか」な生活に慣れていない点が問題と指摘されています。わたくし自身その通りで、社交性に劣ることを強く認識しています。さいわい、医師という資格を持ち現職時代の経験を生かして大学を定年退職したのちも医療職を継続しているため、社会とのつながりが維持できています。しかし、きわめて近い将来、体力が低下して医師の業務を続けられなくなることは間違いないことで、その際には本書に引用させていただいた方々を思い浮かべ、リビング・ウィルを明確にしておこうと思っているところです」。


 著者が院長を務める「高齢者施設に囲まれた高原の小さな病院」で、いまなにが起こっているのかは、本書の11の章と終章のタイトルを見るとだいたい想像がつく。「第一章 実の娘の介護放棄」「第二章 おだやかな死と「死の質」」「第三章 認知症の合併症による家族とのトラブル」「第四章 認知症患者の悪口雑言とクレームに疲弊する介護職員」「第五章 在宅介護と介護ストレス」「第六章 入院三ヵ月・これからどこへ?-高齢介護施設が足りない」「第七章 要支援・要介護者数の急増に対応できない介護政策」「第八章 姉が妹の障害年金を流用」「第九章 超高齢者に多い病気」「第十章 認知症の種類と症状」「第十一章 安楽死尊厳死を考える」「終章 超高齢期を前向きに生きて呆けの進行を遅らせよう」。


 著者は、「死の質」を問うている。残念ながら、日本は「死の質」世界ランキング、40ヶ国中23位で、発展途上国レベルといわれている。第1位から3位は、英国、オーストラリア、ニュージーランドで、「豊かな死」を迎えられると評価されている。いっぽう、日本は、「医療費の高さや医療と介護に従事する人員の不足などのせいで」低い評価だという。原因も対策もわかっているのにできないのは、ひとびとの考え方によることのようだ。


 その考え方のひとつに、「看取り」をどう考えるかがある。「看取り」は、「家族が高齢者に寄り添って静かに命の終焉を見守る」ことが基本で、「施設で看取る方針であれば、入院の是非を問う前に介護の方針を家族で話し合い、施設とも確認する必要」がある。しかし、その方針が決められないために、「看取り介護」ができないことがある。その理由は、超高齢者や施設の状況をいちばんよく理解している家族の考えを尊重しない、ほかの家族に原因があるようだ。介護にあたって、どうすればいちばんいいかという答えは、そう簡単ではない。それぞれの状況、それも日々刻々と変わる場合のある状況と、超高齢者本人や実際に介護にあたる家族の考えを考慮して、総合的に臨機応変に判断しなければならないからである。施設の職員は助言できても、最終的には本人と家族で決めなければならない。実際に介護の中心になっている家族の責任が重いわりに、ほかの家族がそれを充分に理解していないで、個々勝手に「正しい」発言をすると、収拾がつかなくなってしまう。


 本書でも紹介されているように、どうしようもない家族がいることは事実だが、多くの家族は親身になって考えようとしている。にもかかわらず、みなが「やさしく」なれない理由のひとつは、介護の中心になっている家族ひとりに負担が集中し、ほかの家族が事実上頼り切っていることにある。しかし、頼り切っていることに気づいていない家族も多いし、気づいていてもその具体的状況を理解していない家族も多い。ひとりで超高齢者との1対1の関係が長く続くと、介護するほうもされるほうも疲れて、心のゆとりをなくしてしまう。いつでもかわりに介護してくれる家族がいると、気持ちがうんと楽になり、その苦労が具体的にわかり相談にも乗ってもらえる。家族会議のときにも説明しやすく、意見をまとめやすくなる。だが実際には、最初に介護を引き受けた家族が「貧乏くじ」を引くことになる場合が多い。


 本書は「超高齢者医療の現場から」の実例を基に、著者自身が自分自身のことも考えながら書いているだけに、説得力がある。しかし、実際に死と向き合うと、理屈ではいかないことが多々ある。「看取り」をした家族、職員がいかに「心に響く」終焉を迎えるかを期待するより、「どうしたらこのような最期を避けることができるか」を考えることのほうが現実のようだ。

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