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『両インド史 東インド篇』ギヨーム=トマ・レーナル著、大津真作訳(法政大学出版局)


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両インド史 東インド篇〈下巻〉

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 本書を、わたしはどのように読んだらいいのだろうか。本書の出版されたフランス革命前夜の研究なら、それなりの読み方があるだろうが、17世紀の東南アジア史研究のために本書を読むとなると、どのように読んでいいのかわからない。18世紀後半の著者の目を通したものであるから、原史料ではない。近現代の研究者のような客観性もない。1字たりとも引用することはできない。しかし、18世紀後半のヨーロッパ人知識人が、どのような「東インド」観をもっていたのかはわかる。それも、16世紀からの連続性のなかで、理解することができる。本書を自分の研究に活用できないのは、明らかにわたしの未熟さによる。


 本書は、レーナル編纂の『両インドにおけるヨーロッパ人の植民と貿易の哲学的・政治的歴史』全19篇のうち最初の5篇を訳したものである。初版は1770年に出版され、何度も版を重ねている当時のベストセラーである。その理由とその後の顛末を、上巻の「訳者解説」では、つぎのように説明している。「初版本がフランスか、オランダかで印刷され、流布され始めたときは、ちょうどルイ一五世(一七七四年没)統治の晩年で、フランス社会の軋轢が表面化してきた時期にあたっていた。本書は、宗教的狂信と専制主義に反対する意見をふんだんにちりばめていたので、新時代を予感して、哲学と政治に熱をあげていたフランスの世論に大いに受けた。そのため、政府が当初許可した二五部は、たちまち売り切れとなってしまった。本書がパリに流布し始めた七二年春には、検閲当局は、その大胆なキリスト教批判や専制君主批判に注目し、発禁処分の時期を見計らっていたが、同年末、国務顧問会議で「執念深いモープーの提案で」、公序良俗に反するというきまり文句のもとに、廃棄処分が決定され、翌年には、ソルボンヌも検閲のための特任官を任命した。しかし、『両インド史』の方は、廃棄処分の決定にもかかわらず、目の玉が飛び出るほどの高値で取引された。フランス国内での需要に応じて、『両インド史』初版は、次々と増刷され、政府の黙認のもとに、世間に公然と出回ることになった。流布の状況は、一七七二年に「少なくとも四度が、再版が出」て、「翌年にはそれが一一度となり、一七七三年には六度」となるほどすさまじかったのである」。


 これだけヨーロッパ世界に受け入れられた背景には、オランダ、イギリス、フランスなどの東インド会社の帝国的進出があった。たんなる貿易会社から近代植民地形成への動きがみられるようになり、フランスはインドでイギリスに敗れ、一七六九年に東インド会社の解散に追い込まれた。その「世界史」的関心について、「訳者解説」は、つぎのように説明している。「『両インド史』は、初版から「モンテスキュー以来の記念碑的労作」(グリム)と評価してもかまわないほどの規模を持っていた。それは、これまで、まったく本格的な研究対象とはならなかった地域をとりあげ、その地理的・歴史的・文化的風土を論じ、貿易をキーワードに過去と現在の経済的・政治的歴史を調査し、描き出していた。本書は、初めての世界史的記述と言える『法の精神』(一七四八年)と比べても、また、同じく世界史を扱って、少し遅れて出版されたヴォルテールの『習俗論』(一七五三年)と比べても、質・量ともに、これらをはるかに超える壮大さを持っていた。しかも、内容の実証性と資料の厳密さおよびその広がりにおいては、先にも述べたように、「幾何学的正確さ」を理想とする本書は、類書を寄せつけぬ水準に達していたと言わなければならない」。


 レーナルは、正確さを期すために「原資料」に頼るよう心がけたことを、冒頭の「おしらせ」でつぎのように述べている。「私は、新たな調査を行ない、あらゆる方面から援助を受け取ったので、幸いなことに、持ちうるかぎりでの広がりと正確さをあますところなく作品に与えることができた。本書に含まれている細目の大半は、原資料から取り出されてきたものである。原資料に匹敵するほどの確固たる根拠を持たない細目については、どこの国の人間であるかを問わず、情報に最高に明るい人間による証言がそれらを支えてくれている」。


 具体的な「原資料」として、英国議会報告書に含まれている東インド会社の経営内容や株式の変動などの詳細な数値データが使われている。これらの報告書や数値データのほか、レーナルは「実際に航海と貿易にたずさわった人間が著わした航海記や見聞録、征服事業に参加した人間が著わした記録、諸王国の支配者の事蹟を記録した史書、それにロシアを含むヨーロッパ全域の歴史については、政治家の回想録をはじめとするさまざまな文書、さらには、東西インドからシナにかけて派遣された宣教師の報告集などを渉猟したことはもちろんである」。しかし、引用した文献資料にかんする注記はない。いまわたしたちが、「1字たりとも引用することができない」理由のひとつは、近代文献史学の必須条件である根拠が示されていないからである。もっとも当時は、情報源を明らかにしないことが、商業上の当然の権利であった側面もあるため、レーナルを責めることはできない。それを理解したうえで、どう「読む」かである。


 本書の篇名である「東インド」について、地理的な確認をする必要がある。レーナルは、「東インドという総称をめぐっては、アラビア海とペルシア王国を越えたところにある広大な地域と普通に理解する」と述べているが、訳者は「実際に著者が取り扱う地域は、この区分を東西方向と北方向にはるかに越えた広大な地域となっている」と述べ、具体的につぎのように説明している。「東インド篇が取り扱う東インド概念で包括される地域を具体的に列挙するとすれば、まず、ヨーロッパ人が東インドと呼んだ「本来の」インド、インドシナインドネシア東インド諸島をあげなければならない。次に、異教が支配する中近東地域、ポルトガルがインド航路開拓で交易を持つにいたった東西のアフリカ沿岸部、ヨーロッパとは陸続きの黒海周辺地域、カフカス地方、中央アジア、シベリア、モンゴル、シナなど、本来の地理的概念には含まれてこなかった地域をあげなけれならない。さらに、この範疇に属する地域として、太平洋では、台湾島はもとより、マゼランの世界周航でスペインと関係を持つにいたったフィリピン諸島、ヨーロッパの列強が熾烈な争いを繰り広げた香料諸島周辺、また、あまりにも地理的にヨーロッパからは僻遠にあったために、ヨーロッパにとっては、未知のベールに包まれていた朝鮮半島から日本を含む極東諸国をあげておかなければならない」。


 第一篇でポルトガル人、第二篇でオランダ人、第三篇でイギリス人を扱った後、フランス人でイエズス会に入会し、ジャーナリストとなったレーナルは、第四篇「東インドにおけるフランス人の旅行、植民地、戦争、貿易」を、つぎのように書きはじめている。「本書をはじめるにあたり、私は真実を書く誓いをした。そしてこれまで私は、この誓いを忘れたことはなかったと自分では思う。凡俗のものでしかない依(え)怙(こ)贔(ひ)屓(いき)によって、私が私自身と他人に私の国の過ちに関して持論を押しつけるようなことがあれば、私の手などひからびてしまえ。私は、私の先祖がしてきた善行であれ、悪行であれ、それをぼかして言うつもりはない。ポルトガル人もオランダ人も、そして、それがイギリス人であってさえも、私の公平性を期待してよい。これらの人びとはこの本を読み、私をどうか裁いてほしい。私が彼らを扱ったときには厳しくしたのに、その厳しさをフランス人に対しては、緩めてしまっていることを、もし彼らが発見したなら、私を、二〇〇〇年前から諸国民と君主たちの精神を毒してきた、おべっかつかいの仲間にいれてくださってもいいし、同じ部類の書物のなかで多数派を占める低俗さの記念物に私の書物を加えてくださってもいいし、私が私の魂の入り口を恐怖感、あるいは期待感のために開いてしまったとお疑いになってもいい。私は甘んじて彼らのいっさいの侮蔑を受けよう」。


 第五篇で「デンマーク、オーステンデ、スウェーデンプロイセン、スペイン、ロシア」を扱った後、「ヨーロッパと大インドとの結びつきに関する重要ないくつかの問題」を第二四章から第三五章まで12章にわたって論じている。そのうち9章は「シナ」にかんするもので、つぎにあげる残り3章のタイトルから、なぜ本書が読まれたのかの理由の一端が伝わってくる。「第三三章 ヨーロッパは大インドと貿易をつづけるべきであろうか?」「第三四章 大インドで貿易を行なうために、大規模な植民地をヨーロッパは必要としているか?」「第三五章 ヨーロッパは大インド貿易を自由化すべきか、それとも独占会社を通じてそれを開発すべきか」。


 どう読んでいいかわからないわたしにたいして、1970年代末に本書の翻訳を志した訳者は、「本書の翻訳が急がれる理由」をつぎのように説明している。「ヨーロッパ諸国の植民地獲得と植民地経営の歴史を描いた本書は、一八世紀後半に書かれたものであるにもかかわらず、わが国においては、今日性をいささかも失っていないからである。脱亜入欧を唱えた明治以来、今日にいたるまで、われわれは、植民地主義ないし植民地主義的発想に起因する諸問題を反省なく抱えこんだままである。それは、現代日本に再び「アジア的身体の問題性」を浮かび上がらせている、と指摘する作家もいる。また、第三世界では、形を変えた植民地主義である経済侵略と資源略奪による貧困と飢餓がいささかも衰えを見せていない。かつては、植民地主義の発端は、黄金と奴隷と香辛料の獲得であったが、今日では、それは、もっと直截に、食糧の確保である。その一方で、地球環境の先進諸国による破壊も、経済のグローバリズムの名の下に、人類の未来を脅かすまでにいたっている」。「たしかに、本書に示されたようなヨーロッパ思想とその進化形態である啓蒙主義の基本的前提である進歩の普遍主義を、見境のない現代のグローバリズムから区別することは難しいかもしれない。しかし、それはそれとして、たとえば、本書に克明に描かれているインドの植民地化と今後描き出されるであろう新世界征服の地獄絵図に見られるような過去の狂気と失敗と惨禍の教訓にわれわれは学ぶべきであろう」。


 未来を見据え、本書をどう読むか、まだわたしにはよくわかっていないが、日本語でこのような文献が読めることは、ほんとうにありがたい。訳者と出版社に感謝いたします。

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