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『政府は必ず嘘をつく-アメリカの「失われた10年」が私たちに警告すること』堤未果(角川SSC新書)

政府は必ず嘘をつく-アメリカの「失われた10年」が私たちに警告すること

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 著者の堤未果のもとに、東日本大震災福島第一原発事故が起きた日の夜、海外に住む友人たちから次々に連絡がきた。そのなかに、つぎのように警告した友人がいた。「気をつけて。これから日本で、大規模な情報の隠ぺい、操作、統制が起こるよ。旧ソ連やアメリカでそうだったように」。その根拠は、アメリカで9・11の同時多発テロ以降に起こっている「大惨事につけ込んで実施される過激な市場原理主義ショック・ドクトリン」によって、貧困格差が拡大し続け」、「情報が操作され、市場化の名の下に国民が虐げられているアメリカの惨状」だった。「日本が二の舞になる」という警告を、どれだけの日本人が真に受ける受けないの知識をもっているだろうか。「ショック・ドクトリン」とは、「災害やテロ、クーデターや大規模伝染病など、人々が恐怖とショックで思考停止に陥っている間に、企業寄りの過激な市場化政策を推し進めてしまう手法だ」。


 本書は、2011年11月16日のウォール街デモの現場からはじまる。「アメリカでは上位1%の人間が、国全体の富の8割を独占している」。「想像を絶する資金力をつけた経済界が政治と癒着する<コーポラティズム>」が、「9・11テロをきっかけに加速し始め」、「大幅な規制緩和とあらゆる分野の市場化を実施、この10年でアメリカの貧困層を3倍に拡大させた」という。この<コーポラティズム>の最たる例が、「電力会社と官僚、学者、マスコミの4者がからむ利権構造である<原子力村>」で、「重要情報だからこそ出なくなる」という監視体制の強化も、たしかに3・11以降経験した。


 ことは、9・11と3・11だけではない。アラブの春も、TPPも、すべて同一線上にあるという。イラクサダム・フセインは、「9・11後、テロの首謀者であるアルカイダと関係を持ち、大量破壊兵器を所有しているという理由で死刑にされた」が、いまだにアルカイダとの関係は不明で、大量破壊兵器はみつかっていない。


 そして、2011年10月、リビアカダフィ大佐が殺害された。NATO軍は、「「カダフィ大佐反政府軍に対する容赦なき弾圧から人民を救うために、あらゆる措置を容認する」という国連安保理決議を受け、以来2万回以上の出撃と8000回近い爆撃を行った」。


 しかし、本書では、つぎのように説明している。「カダフィは全ての国民にとって、家を持つことは人権だと考えており、新婚夫婦には米ドル換算で約5万ドルもの住宅購入補助金を、失業者には無料住宅を提供し、豪邸を禁止していた。車を購入する時は、政府が半額を支払う。電気代はかからず、税金はゼロ。教育、医療は質の高いサービスが無料で受けられる。もし、国内で必要条件に合うものが見つからなければ、政府が外国へ行けるように手配してくれる」。「大家族の食料費は固定相場、全てのローンは無利子でガソリンは格安。農業を始めたい国民には土地、家、家畜、種子まで全て国が無料で支給、薬剤師になりたい場合も必要経費は無料だ。42年前、カダフィが権力の座に就く前に10%以下だった識字率は、今は90%を超えている。これらの政策を可能にしていたのは、アフリカ最大の埋蔵量を誇る石油資源だった」。


 「ではなぜ、リビアは標的になったのか」。本書では、ロシア人ジャーナリストのつぎのような説明が引用されている。「リビアは144トンもの金を保有していました。カダフィはその金を原資に、ドルやユーロに対抗するアフリカとアラブの統一通貨・ディナの発行を計画していたのです。そこにはIMF世界銀行の介入から自由になる<アフリカ通貨基金>と<アフリカ中央銀行>の創設も含まれていました」。そして、「統一通貨であるディナが実現すれば、アラブとアフリカは統合される。だが、石油取引の決済がドルからディナに代われば、基軸通貨であるドルやユーロの大暴落は避けられないだろう。これについて、フランスのサルコジ大統領もまた、リビアを「人類の金融安全保障への脅威」と呼び、危機感をあらわにしていた」。


 「2010年10月に突如としてマスコミに現れた<TPP>」は、「2015年までに工業製品、農産物、知的所有権、司法、金融サービスなど、24分野の全てにおいて、例外なしに関税その他の貿易障壁を撤廃する」という投資家や企業にとって〝バラ色の未来〟となるものであるが、「政府が外資の参入に対し国民を守る責任を放棄してくれるだけでなく、自分たちの利益を損なう規制に関しては、その国を相手に訴訟を起こす権利(ISD条項)までついてくる」。そして、アメリカの大企業だけが有利になることを、つぎのように説明している。「全加盟国の中でアメリカ政府だけが、自国の国内法と異なるルールが<TPP>の検討事項に挙がった際、議会の承認が得られないことを理由に拒否できるのだ。これは、<TPP>が自由貿易ではなく、アメリカ政府が要求するルールに支配されるものであることを示している。だが、日本政府は国会で追及されるまでこれを認めず、マスコミもほとんど報道していない」。


 しかし、アメリカの<失われた10年>で、最も打撃を受けたのは、「何と言っても<公教育>」だという。つぎのような高校教師のことばが、紹介されている。「<コーポラティズム>が支配を強めるアメリカでは、2001年と2002年に導入された<愛国者法>と<落ちこぼれゼロ法>という二つの政策が、異なる意見を押しつぶす空気を拡大させている」。「9・11以降、政府が進めてきた教育改革は、強力に規格化された点数至上主義と厳罰化による教育現場の締め付けでした。<恐怖>は国民を萎縮させ、統制するのに有効なツールです。テストでいい点数を取れなければ、生徒は学校から切り捨てられ、教師は無能だとして処罰される。効果はあったようです。その結果、皆が恐がってモノを言わなくなってきましたから」。そして、「アメリカ社会にとって深刻な問題を引き起こす事態」になっていると、つぎのように語っている。「現場をまるで理解していない政府は、<国際的に通用する人材>と<落ちこぼれ>の二極化が、インセンティブを生むという。ですが、学力を全て数値化する点数至上主義は、教育から多様性を奪うのです。生徒の好奇心や批判的思考、物事の根拠を追求する姿勢や正当性のない権威に抗議するような姿勢を圧殺することにつながる」。「子供たちは自分の頭でものを考えなくなる。<改革>というと何か希望をもたらす印象を受けますが、実態は新しいタイプのファシズムです」。イギリスで、サッチャー政権のときに失敗した「市場原理ベースの教育改革」は、大阪でも<教育基本条例>を掲げておこなおうとしている。


 このような絶望的な内外の情勢を伝える本書は、つぎのことばで終えている。「それでも、人間を壊すこの価値観に飲み込まれそうな世界の中で、未来をあきらめない大人たちの存在が、子供たちの勇気になると信じたい」。「世界が変わるのを待っていないで、それを見る私たち自身の目を変えるのだ」。そのためには世界を見るための知識が必要だが、民主主義を標榜している国ぐにの学生の学力低下には目を覆いたくなる現状がある。<コーポラティズム>の支配を許しているのは、民力の低下だろう。選挙に勝つことを第一に考える政治家の一時しのぎの人気取りに惑わされない民力をつけるだけの教育が必要であり、その民力がないなら民主主義は健全に機能しないことを自覚すべきだろう。政治家だけの責任ではなく、自分たちの責任だと。


 著者が「胸がいっぱいになってしまった」NHK総合テレビの「課外授業 ようこそ先輩」で、子どもたちが自身で書いたつぎの「憲法前文」を忘れないで、大人になってほしい。そして、その実現のために、子どもが勉強する意義と社会をよくしていく楽しさを学ぶ環境を整えるのが大人の責務だろう。まず、大人が「嘘をつかない」を子どもに示さなければならない。「そこでは、みんなが安心して暮らせ、毎日家族一緒に安全でおいしいご飯を食べ、学校には笑い声が響き、一人ぼっちで寂しい人は一人もいなく、動物が大事にされ、世界から信頼され、知らない人同士が『ありがとう』と言い合える。そんな幸せな国をつくることを、ここに誓います」。

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