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『電子出版の構図』 植村八潮 (印刷学会出版部)

電子出版の構図

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 書籍の電子化を支援する出版デジタル機構の会長に就任して時の人となっている植村八潮氏が印刷学会の機関誌「印刷雑誌」に連載している「デジタル出版よもやま話」というコラムをまとめた本である。序にあたる「電子書籍ブームの中で本の未来を考える」は本にする時に書かれているが、本編には1999年1月号から2010年7月号までの12年分の原稿が発表年順に並べられている。

 植村氏は現在は大学で教職についているが、理系の大学の出版局に長く勤務していた人なので、大学出版関係の裏話が面白い。

 授業開始時までに新本の教科書を買う学生は今も昔も6割くらいで、昔は新本を買わない学生は古本で買っていた。最近は最後まで買わずにすます学生が増えたが、試験が教科書持ちこみ可だと売行きが違う。試験期間中に残業していると、出版局に教科書がほしいと駆けこんで来る学生が必ずいるそうである。

 中国は四庫全書を電子化するなど、電子出版に熱心だが、その背景には紙不足があるそうである。2000年の統計だが、日本の年間紙消費量が3200万トンなのに対し、中国は3600万トン。人口は中国の方が十倍いるから、一人あたりにすると日本の1/9しかない。中国の大学進学者は急増しており、もはや紙の教科書を供給することは困難なのだという。中国の大学では電子出版学科の新設があいつぎ、急ピッチで電子出版の人材を養成していて、日本とは気合いのいれ方がちがうわけだ。

 ケータイ小説に関する考察も興味深いが、一番考えさせられるのは何度も空振りに終わった「電子書籍元年」をリアルタイムで記録した条である。

 「デジタル出版よもやま話」の連載がはじまった1999年1月号は実際には1998年12月に出ているが、1998年が起点というのは意義深い。1998年は最初の「電子書籍元年」だからだ。

 第一回の原稿は「電子読書端末にデジタル紙魚は付くか?」と題されているが、そこでとりあげられている「電子読書端末」とはなつかしのデータ・ディスクマンなのである。

 今となっては信じられないだろうが、データ・ディスクマン用の電子書籍は書店にMDをもっていき、衛星配信されるデータをコピーして購入するという仕組だった。タケルの書籍版のようなものだが、タケルもMDも今では博物館アイテムになってしまった。

 2003年にはソニーLibrieと松下のΣブックが登場し、二回目の「電子書籍元年」が喧伝された。Librieは液晶ではなく電子ペーパーを使った電子書籍端末で、Kindleの原型というか、ほぼ同じものである。

 ハードウェア的には日本のメーカーはKindleより先行していたが、電子貸本という妙な販売方法をとったために「元年」はまたも空振りで終わってしまった。その経緯が本書にはリアルタイムで書かれていて、懐かしさと空しさをおぼえた。

 本の宣伝のために一部をネットで無料で公開する手法は普通になり、フリーミアムと呼ばれたりもしているが、1998年にスティーブン・キングがすでにやっていたなんていうことも本書は思いださせてくれた。日の下に新しいものなき、である。

 「電子書籍元年」はその後も訪れては徒花で終わるが、その一方で学術雑誌の電子化は怒濤のように進み、大学図書館は巨額の購読料を海外の巨大コングロマリットに支払うようになった。本の電子化は見えないところであともどり不可能な形で進行しているのである。

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