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『「幸せ」の経済学』橘木俊詔(岩波現代全書)

「幸せ」の経済学

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 「幸せ」ってなんだろう。だれもが考えることに、本書は経済学の立場から答えてくれる。ただし、こうすれば「幸せになれる」という指南書ではないことは、言うまでもない。著者、橘木俊詔は、「著者からのメッセージ」でつぎのように述べている。「これからの日本の課題を考えるときに、学術的な背景を無視することなく、かつ軽薄な論議に流れることなく、読者が真剣に考えることができる内容を目指しました」。


 本書表紙の見返しに、本書を読むポイントが的確に、つぎのように示されている。「〝成長〟で日本は幸せになれるのか? 二〇世紀後半以降のような〝成長〟を望むことはもはやできない「定常経済時代」という現実は、「幸せになるには、まず成長」の固定観念から脱却する絶好の機会である。この本では古今東西の「幸せ」についての考え方を検討し、一万人を超えるアンケート調査の結果をはじめ多くの内外の統計データを基にして、人びとにとって「幸せ」とは何かを経済学の立場から縦横に論じる」。


 本書は、「人びとの「幸せ」は必ずしも消費の最大化、あるいは所得の最大化だけで得られるものではない、ということを主張するものです」。そのために、「世界各国における人びとの幸福度、とりわけ私たち日本の国民がどのように「幸せ」を感じているかを丹念に分析するものです。さらに、デンマークブータンという幸福度に関してもっとも重要で興味深い国を詳しく検討して、日本がこれらの国から学ぶことがあるかどうかを議論するものです」。


 続けて著者は、本書の特色を4つあげている。「第一に、人が自己の「幸せ」を意思表示するときに、その人の性格が大きく左右しているのではないかと類推して、人の心理的な要因と幸福度の関係に注意して分析を行います」。「第二に、本書は経済学の書物であることから、経済学が「幸せ」をどのように理解して分析してきたかを経済学史として評価します。特に定常経済の思想が「幸せ」を分析するのに有用なので、この思想を詳しく議論することにします」。「第三に、日本をはじめ世界の多くの国で所得格差が大きくなっていることに鑑み、格差の大きいことや強者と弱者の存在が人びとの幸福度にどのような影響を与えているかを分析します。日本において格差社会の論争の口火を切った著者として、格差と幸福度の関係を論じることには思い入れがあります」。「第四に、もし経済だけで「幸せ」が得られないのであれば、どういう政策が人の幸福度を高めることに寄与するのか、ということを論じることにします。ついでながらこれに関して、人の心理的な側面から幸福度を高めるといったことに接近できないかということと、日本を含めた先進諸国の政府の役割も比較検討します」。


 そして、本書を通じて、「日本国民の「幸せ」度は、世界各国の人びとと比較すれば中間の位置にいることがわかりました」。また、「日本人の「幸福度」は必ずしも経済的な豊かさだけで決定されるものではない、ということもはっきりしました」。このような事実を踏まえて、著者は自身の考え方を、つぎのように披露している。「定常状態を保持するので充分ではないか、ということになります。環境問題が深刻である中、高い成長率を求めない定常経済は環境にやさしいし、経済学史上での価値にも高いものがあります。人口減少下の日本では経済成長率はマイナスになるのが自然の帰結ですが、マイナスになって人びとの元気さと生活水準が低下しては困るので、-それをゼロ成長に高めるという政策だけでも大変ですが-少なくともゼロ成長だけは達成したいと希望します」。


 この原稿を、ハノイルアンパバーンで書いた。ハノイでは、「経済〝成長〟で幸せになれる」と考える人びとが、いきいきしている。ラオス世界遺産の町ルアンパバーンでは、急激な観光化のなかでも、後発発展途上国(最貧国とも呼ばれる)であるにもかかわらず、「貧しい国の豊かさ」がまだ感じられる。「幸せ」の感じ方は、時代や社会、個々人によって大きく異なってくる。だから、著者は「人の性格、あるいは心理の状態がどうであるかの役割が大きいことを示した」。他人の幸せを見ることも「幸せ」を感じる大きな要素ならば、自分だけや一部の人だけの幸せは、他人の不幸が自然と見えてしまうグローバル化時代にふさわしいものではない。そう考えると、著者のいう「格差の是正」の重要性の意味もわかってくる。

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