『アドルフ』コンスタン(岩波文庫)
「フランス流恋愛講座」
フランスと言うと、ファッションやワイン等が思い浮かぶかもしれないが、ここは恋の国でもある。こちらでよく耳にする冗談に、世界最高の贅沢は、中国人の料理人、日本人の妻(?)、などと続き、必ず出てくるのがフランス人の愛人を持つことだ。公園を歩いていると、高齢のカップルが仲良く手をつないで歩いているのを見かけるし、私の教え子のような女子高生たちでも、一人でシャンゼリゼを散歩しようものなら、何度でも声をかけられるそうだ。
そんなフランス人の書いた恋の話は面白い。いや、面白いで済ませてしまうには重過ぎる作品であるかもしれない。何せこの恋物語は、恋の成就の楽しさよりも、恋を得てしまった後の「苦悩」の分析と心理描写に殆どを費やしているからだ。作者のコンスタンは1767年にスイスのローザンヌで、スイス人の父とフランス人の母との間に生まれた。『アドルフ』は彼の人生が反映した、苦しい恋物語である。
主人公のアドルフは、将来を嘱望された青年だが、P***伯爵の愛人であるエレノールに恋をする。彼女は年上であるし、貞節な性格なのだが、最後にはアドルフの情熱に答える。二人が手に手を取って駆け落ちする所で終われば、通俗な恋愛物語で終わるのだが、この作品の真骨頂はこの後から始まるといって良い。アドルフがどのような悩みを抱え、どのようにそれを乗り越えようとするかは、実際に本を手にとって主人公に感情移入しながら読んで欲しい所だ。
「近代心理小説の先駆」をなす作品と言われるが、箴言に溢れてもいる。「社会はわれわれを世間一様の型にはめこまずにはいない。そしてその時になると、われわれはもはや、むかし驚いたことに驚くばかりで、われわれの新たな形の下に安んじてしまう。」人生の半ばを過ぎた人で、一度でもこのように考えた事のない人がいるだろうか。個人主義を標榜するヨーロッパにおいても、社会と個人の問題はかくも大きいのである。もちろん、個人主義の世界だからこそ、社会との軋轢は避けられないのかもしれないが。
「およそ人間には完全な統一というものはないので、ほとんど決して、なんぴとも全く真剣であることもなければ、さりとて全く不誠実であることもない。」恋愛心理を見事に言い当てている。「私は彼女をこの世ならぬものとして見ていた。私の愛は宗教的崇拝の性質を帯びていた。」夏目漱石の『こころ』における、「先生」の静に対する愛や、武者小路実篤の『友情』における、野島の杉子に対する愛を思い出す。このような愛が決して古いものでないことは、近年の韓流ブームが示しているだろう。
アドルフがエレノールに対し、言ってはいけない言葉を口にした時、「世には永いことお互いが口に出さずにいる事柄がある、しかしひとたび口に出されたが最後、それは絶えず繰り返されずにはいない。」とある。これも私たちが、日常的に経験する事だ。このように『アドルフ』は時代を超えた人間的なメッセージに満ちた物語である。コンスタンは政治家として活躍したが、性格は複雑で矛盾に満ちていたという。だからこそ、アドルフに自己を投影し、現代に続く永遠のテーマとなっている「自我」の問題を、かくも明確に提起しえたのであろう。