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唐十郎 「新夜よ」

夕立ちが来ると、新宿風月堂にとび込んで、その二階からコーヒーを注文する。二階はガランとしていて、そこで濡れた服を脱ぎ、ランニングシャツになる。晴れてきた頃合いにノコノコ出て、アートシアターの映画館の前に行き、観ようかどうしようかとためらい、やっぱり辞めて、もっと暗くなるまで、あちこちの横丁路地を歩き回り、しゃがんだりもする。その時の自分の顔を、ショーウィンドォやガラス窓に映して見ると、やや焼けっぱちで、せせら笑ったりしている。余りにも不甲斐なくて、その顔に向かって「ワァッ」と吠えたりした。

それは1960年代の頃の、新宿を歩いていた時の話だが、平成20年の夏になって、また新宿の路地を巡ってみたくなった。貧亡たらしさとは縁が無く、若やいだ、なんでもあり色の人々の、街々の中に立って、せせら笑う自分の顔を、ショーウィンドォに映そうとすると、鏡の壁はゆっくりと遠のいていく。代りに人々のお尻が前に出てきた。


唐十郎

唐十郎 (から・じゅうろう)

1940年、東京生まれ。作家・演出家・俳優。

1963年「劇団状況劇場」を旗揚げ、1967年新宿花園神社にて初めて紅テントを建て、『腰巻お仙』を上演。

2003年『泥人魚』で、作・演出・演技において、第38回紀伊國屋演劇賞個人賞、第7回鶴屋南北戯曲賞、第55回読売文学賞受賞。

2007年、自身と唐組を追った映画『シアトリカル 唐十郎と劇団唐組の記録』(監督・大島新)が第17回日本映画批評家大賞ドキュメンタリー作品賞を受賞。

劇団唐組主宰・近畿大学教授。

>>唐ファン(公認サイト)

>>西堂行人氏書評

  唐十郎『唐十郎-紅テント・ルネサンス!』

  扇田昭彦『唐十郎の劇世界』