森山大道 「新宿は……」(抜粋)
新宿という都市は、もうかれこれ四十年近くもこの街とつき合ってきたぼくにしていまだにエタイの知れない場所である。そこに身を置き目の当りにしながら、新宿はそのつど、あたかもヌエのように正体をくらまし、迷路にまよい込んだごとくぼくの心の遠近法を混乱させるのだ。絶対に嫌いなわけはないのだが、では心底好きなのかと問われても、ふっと黙ってしまうようなところがある。他の、たとえば銀座にせよ浅草にせよ、それぞれ嫌いも好きも両方あって、まあほどほどにつき合って済むのであるが、新宿にはほどほどというつき合い方がなくて、むしろこだわりばかりがつのってしまうわけだ。
さて、街でも歩くか写真でも撮ろうかとカメラを持って自室を出て、しばらくうろついてふと気がつくとぼくは新宿のド真中に立っている。有楽町のガード下あたりで一杯ひっかけてオダを上げて、ふと気がついて見回すといつのまにやらゴールデン街の酒場に座っている。結局どこで何をしていても、さながら鮭か鳩のようにぼくは新宿に舞い戻っているのだ。だからといって、まちがっても母なる町などとは思えないが、二十歳過ぎたばかりで大阪からポッと出てきて、ひとまず途方にくれた場所が新宿の路頭だったことを思えば、きっとその時点で、丁度仔猫か仔犬のように、ぼくの細胞に新宿が刷りこまれてしまったのだろう。そしてそれから四十年近い年月のなかで、折りにふれ培ってきた圧倒的なこだわりの質量が、それはもう他の街との比較ができるわけもなく、ヌエであり迷路であればあるほど、そのエタイの知れない磁力がぼくを捉えて離さないのだ。
(中略)
混沌、氾濫、欲望、卑俗、悪徳、猥雑、汚濁などなどと、手垢にまみれチープな単語をずらずらと並べてみると、どれもこれも皆新宿そのもので、ついぼくは笑ってしまう。このあたりもうお見事というほかはなく、世界中のどこをどう探してみても、これほど面妖な都市は見つからないはずだ。JR線路の東、つまりモツ煮ナベがふつふつたぎっているようなこちら側はもとより、西のあちら側、蜃気楼に似た高層ビル街の幻の風景もふくめて、新宿は都市の持つあらゆるいかがわしさとしたたかさ、そして相対的なやるせなさが、マカ不思議な函数関係さながらに生々と露呈して、さながら現代のバビロンである。ぼくと新宿と、そしてぼくが魅せられて写してしまうのも、きっとどこか、似た体質があるからではないか。
〈『もうひとつの国へ』(朝日新聞出版)より抜粋/初出=写真集『新宿』(月曜社)〉
森山大道 (もりやま・だいどう)
1938年、大阪生まれ。写真家。2007年以降の最近作に『記録6号』(Akio Nagasawa Publishing)、『遠野物語』(光文社文庫)、『記録7号』(Akio Nagasawa Publishing)、『凶区/Erotica』(朝日新聞出版)、『大阪+』(月曜社)、 『S’』(講談社)、 『もうひとつの国へ』(朝日新聞出版)など。