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菊地成孔 エッセイ

1979年、16歳の時に初めて一人で新宿に来たとき、僕はもう舞い上がってしまって、 何が何だか解らなく成りました。新宿駅風月堂ゴールデン街、花園神社、伊勢丹、 三平ストア、カメラのさくらや、JUN、ピットイン、伝説のジャズ喫茶たち。アルタは未だ竣工されていませんでしたが、パノラマ状に広がる巨大な「新宿」という街を前に、「ぴあ」だけを片手に握りしめた僕は結局どこにも行けず、何も出来ず、ただ歩き回るうちに、気がつけば故郷に帰る最終電車まであと30分、持ち金は950円になっていました。

その時、僕が飛び込む様にして入ったのが紀伊國屋書店でした。正面のエスカレーターを登り、最初に入ったフロアの、圧倒的な本の量、その輝きは忘れられません。たったの20分は、急いで過ぎて行く永遠の様でした。憑かれた様に立読みをし、寺山修司のムック本を850円で買って、気がつけばもう駅に行かなければならない時間になっていました。それでも僕は、世の中にはこんな、夢の様に素晴らしい、文化的で高級で伝統的で、粋でモダンな経験があるのか。と、ほとんど泣きそうなほどに喜びながら、帰りの電車に乗り、その本を何度も何度も読み返しました。


菊地成孔

菊地成孔 (きくち・なるよし)

1963年、千葉県生まれ。ジャズミュージシャン・文筆家・作曲&作詞家。慶應義塾大学非常勤講師。

2008年3月に大著『M/D マイルス・デューイ・デイヴィスⅢ世研究』エスクァイア マガジン ジャパン、大谷能生と共著)。を上梓。2008年7月には自身のバンド菊地成孔ダブ・セクステット『DUB ORBITS』(ewe)を発表。音楽のみならず講義や執筆、対談など多方面に活躍する現代の鬼才。

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>>キノベス!2005第5位:『東京大学のアルバート・アイラー』