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『図説 文字の起源と歴史』 アンドルー・ロビンソン (創元社)

図説 文字の起源と歴史

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 カラー図版を中心にした文字の啓蒙書である。邦題はいかめしいが、原題は Story of Writing である。著者のアンドルー・ロビンソンはタイムズ紙の教育特集版の文芸担当記者で、線文字Bを解読したヴェントリスの伝記も上梓している。

 類書としてはジョルジュ・ジャンの『文字の歴史』がロングセラーをつづけているが、B6版と小型のためにやや読みにくかったのに対し、本書は二回り大きいA5版でゆったり組んである。

 本書は「文字のしくみ」、「失われた文字」、「今日の文字」という三部にわかれている。

 「文字のしくみ」は序論にあたる。ロゼッタストーンの解読物語を紹介して読者の興味をかきたててから、理論的な話にはいる。文字の表音性と表意性の誤解を指摘した部分は秀逸である。文字の起源を論じた部分は割符や結縄、数え石がなぜ文字ではないかという切口から攻めている。難解な議論をわかりやすく、バランス感覚よくまとめていると思うが、ただ、これも一つの立場であって、すべての人が著者の説に納得するわけではないだろう。

 「失われ文字」では楔形文字ヒエログリフ線文字Bマヤ文字にそれぞれ一章をあて、最後の「未解読の文字」でインダス文字、線文字A、原エラム文字、イースター島のロンゴロンゴ文字にふれている。解読という切口から記述しているが、標準的な解説といえるだろう。

 「今日の文字」ではアルファベット、漢字、日本の文字をとりあげている。アルファベットについては原シナイ文字からの歴史をたどっているが、本来、アルファベットと対等にあつかわれるべきアラビア文字とインド系の文字をそれぞれ一ページですませてしまっている。欧米人の視点だと、こうなるのだろう。

 問題は漢字と日本の文字をあつかった部分である。漢字には20ページ、日本の文字には10ページをさいている。大きくあつかってくれているので悪い気はしないけれども、苦笑するところがたくさんあるのである。翻訳にあたって明らかな間違いは削除したということだが、それでもこれだけ変なところがあるのである。原文ではどうなっているのだろうか。

 最後の章では音声をともなわない純粋な表意文字がありうるという立場を批判し、文字の基本は表音性にあり、表意性は補助にとどまると結論している(著者は「表意文字」ではなく「表語文字」という用語を使っているが、言っていることは「表意文字」である)。デリダの『グラマトロジーについて』の影響を受けた学者でも批判しているのだろうか。

 つっこみどろころはいろいろあるが、ビジュアルな啓蒙書としてはまあまあだと思う。

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