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『ヴィーナス・プラスX』 シオドア・スタージョン (国書刊行会)

ヴィーナス・プラスX

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 うっかりしていたが、ずっと絶版だったスタージョンの本が相次いで復刊され、日本で編まれたオリジナル短編集が四冊も出ていた。ついこの間まで古書店で法外な値段がついていた『スタージョンは健在なり』は『時間のかかる彫刻』と改題して創元SF文庫にはいっていたし、名訳の誉れ高い『一角獣・多角獣』まで復刊していた。

 狂い咲きかもしれないが、スタージョンルネサンスとでもいうべき状況が生まれていたのである。その真打は長らく翻訳が待たれていた長編『ヴィーナス・プラスX』の刊行だろう。出版不況の中、よく出してくれたものである。

 スタージョンの長編は短編より読みやすいが、本書もすらすら読めた。原文は未読だが、翻訳の日本語は情感がある。

 物語はウィリアム・モリスの『ユートピアだよりそっくりのはじまり方をする。主人公が目を覚ますと未来の地球にタイムスリップしていて、平和が実現された理想的な社会を観光して歩くという趣向である。

 ただし、未来社会の住人はホモ・サピエンスではなく、レダム人という両性具有の別の人類だ。ホモ・サピエンスは核戦争で滅びてしまったらしい。

 レダム社会見聞録と平行して、作品が書かれた1960年頃のアメリカの日常生活が描かれ、例によってマッチョ文化批判が展開される。スタージョンはアメリカの下層階級のマッチョ文化が嫌いなのだ。

 ユートピアもののまま終わるのかと思ったら、クライマックスで物語は急展開し、実はバイオSFだったことがわかる。ネタバレになるので控えるが、スタージョンがこんなストレートなSFを書いていたのかと驚いた。バイオテクノロジーの進歩は著しいから、現在ではこういう荒っぽい設定は無理だろう。その意味で古びているが、それが生々しい味わいにつながっている。

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