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『Webアクセシビリティ』 ジム・サッチャー他 (毎日コミュニケーションズ)

Webアクセシビリティ

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 インターネットにつないだパソコンは障碍者にとって重要なコミュニケーション手段となっている。聴覚に障碍があったり、歩行に障碍のある人はパソコンによって健常者と対等に仕事ができる。視覚に障碍のある人にとってもパソコンは社会とつながるかけがえのない手段だ。

 視覚障碍者にパソコンが使えるのかと疑問に思う人がいるかもしれないが、画面に表示されるテキストを読みあげるソフトが NECのPC98の時代(20年以上前だ)から開発されていて、視覚障碍者もパソコンをバリバリ使っていたのである。キーボードの配置さえ憶えてしまえば、コマンドを打ちこんでパソコンを操作することにかけては、視覚障碍者も健常者も変わりはないのだ。パソコン通信の時代には大手BBSには必ず視覚障碍者のためのコーナーがあって、さかんに情報交換がおこなわれていたものだった。

 ところが、WindowsとWebの時代になると情況が一変する。マウスでクリックするだけで操作できるWindowsやWebの登場は健常者にとっては福音だったが、視覚障碍者にはかえって不便になったのだ。視覚障碍者にとってはキーボードからコマンドを打ちこむ操作法の方がありがたかったのである。

 視覚障碍者がWebページを利用できるように、Webページの内容を読みあげる音声ブラウザが開発されている。地の文は男性の声で、リンクの張ってある語句は女性の声で読みあげるので、リンク先に飛ぶことは可能だが、視線を自由に動かせる健常者と異なり、音声ブラウザでは最初から順に読みあげていくのを待たなければならない。

 パッと見てリンク先にパッと飛ぶなどということはできないから、画面上部や左側にメニューのあるページでは、本文にはいる前にメニューの項目を延々と聞かされる破目になる。

 小物の画像を多用しているページもやっかいだ。画像には alt属性といって説明を埋めこむことができるが、alt属性がはいっていないと「画像」とだけ読みあげられるので、単なるボタンであっても何か意味のある画像ではないかと気を回さなければならなくなる。

 もっと困るのは表組レイアウトで作られたページである。眼で見れば文章が縦方向につづいていくのか、横方向につづいていくのかは一目瞭然だが、音声ブラウザは表を横方向に読みあげていくので、縦方向につづく文章だと支離滅裂になるのである。

 多くのWebページは視覚障碍者にとって使いやすいとはいえない。一部には音声ブラウザ専用のページを設けているサイトもあるが、複数の体裁のページを用意するには追加コストがかかり、継続的に更新されるかどうか心もとない。一つのページが健常者にとっとも、視覚障碍者にとっても使いやすいことが理想であり、また最も現実的な解決法なのである。

 今、視覚障害を例にとったが、手の不自由な人や高齢者にとっても、同じことがいえる。老眼になると小さな字が読めなくなるが、表組レイアウトのページのほとんどでは、ブラウザの[表示]メニューから文字を大きくしようとしても、文字の大きさが変わらない。表組レイアウトは諸悪の根源である。

 障碍をもった人でもアクセスできることをアクセシビリティアクセシビリティを考慮して作られたWebページをユニバーサルWebという。

 アクセシビリティについては早くから研究されており、Webの技術標準を策定しているW3CWAI という下部機関を設置してユニバーサルWebのためのガイドラインを公開している。日本でも JIS X 8341 というアクセシビリティのJISが作られており(8341は「ヤサシイ」の語呂合わせ)、その第三編ではユニバーサルWebのための指針が定められている。

 欧米では公的機関のWebページはアクセシビリティを満たさなければならないのはもちろん、リンク先のページもアクセシビリティが要求されている。ユニバーサルWebになっていないと、公的機関からリンクを張ってもらえないところまで来ているのである。日本もいずれそうなるだろう。

 わたしが関係している日本ペンクラブの「電子文藝館」でも、視覚障害をもった読者の方から改善を求める意見をいただいたことからユニバーサルWeb化の検討をはじめている。幸い、会員に JIS X 8341 の策定にかかわった関根千佳氏がおられたので、関根氏が代表をつとめるユーディットに簡易チェックをお願いした。

 結果は惨憺たるものだった。指摘された欠陥のかなりの部分は手直ししたが、一番のネックであるフレーム構造は依然として残っている。近々独自ドメインに引越す予定なので、それまでは大がかりな改造は控えておこうということになっているが、フレーム構造はやはりまずかろう。

 アクセシビリティについては10冊ほど本が出ているが、多くはどこをどう直したらいいかというハウツー本で、よくも悪くも対症療法的である。

 本書は600頁を超える大冊だが、1/3はアメリカのリハビリ法など、アクセシビリティに関する欧米の法律と社会政策に割かれている。アクセシビリティの社会的意義と影響についてこれだけ踏みこんだ本は他にないと思う。

 巻末には JIS X 8341 の解説と日本語音声ブラウザの現状を紹介した付録がついている他、本文の随所に訳注が挿入され、彼我の事情の違いと、原著が出た後の最新情報を伝えている。

 欧米の音声ブラウザ環境は日本とは較べものにならないくらい進歩しているらしい。驚いたのはAcrobat Readerに知らないうちに読みあげ機能がついていたことだ([表示]メニューから呼びだす)。日本語未対応なので日本語のpdfは読みあげられないが、英語は行またぎの部分も含めてならかに読みあげてくれる。日本が技術力はあるのに、なぜこういうところに使わないのだろう。

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