『国家の崩壊』 宮崎学&佐藤優 (にんげん出版)
突破者こと宮崎学氏が主宰する研究会で、ソ連崩壊について佐藤優氏が八回にわたって講演した内容をまとめた本である。毎回、宮崎氏の前ふりがあり、それに答える形で話がはじまるが、宮崎氏の部分はピントが呆けており無視して差し支えない。
ソ連崩壊前後については『自壊する帝国』と『甦る怪物 』という重量級の本があるので、どうせ二番煎じだろうと書店でぱらぱらめくってみたが、両著にない話が散見するではないか。これはと思って読んでみたところ、読んで正解だった。
『自壊する帝国』と『甦る怪物』は回想録であり、自分が見聞したままを地べたを這いまわるような虫の視点に徹している。混乱の現場に手持ちカメラで突っこんでいくような迫力があるが、引いた視点をあえて避けていたのか、全体像が見えにくい憾みがあった。
本書ではレーニンからプーチンにいたるソ連=ロシアの歴史、とりわけ民族問題の歴史が鳥瞰されている。地を這う虫の視点から、突然、大空から見下ろす鳥の視点に切り替わったようなもので、既読の話題が出てくると、あれはそういう意味だったのかという知的なカタルシスがある。
西ウクライナのガリツィアがソ連崩壊の発火点となったことは『甦る怪物』で詳しく解説されていたが、本書にはヤコヴレフ政治局員がらみの因縁話が出てくる。理性の奸知というか、なんとも皮肉な話である。
本書にあって回想録二部作にない話柄としては行儀の悪い話がある。佐藤氏の回想録に登場するのはロシア・インテリゲンチャの最良の部分なので、行儀の悪い話はあまり出てこない。独立派のバリケードの中で乱交がおこなわれていたとか、最優秀の女子学生がマフィアの情婦になったとか、リガのサーシャが高校時代に恩師の女教師と男女の関係になり、同棲をはじめたといったエピソードが出てきても、魂に訴える悲しい話として語られているので行儀が悪いという印象にはならなかった。
それに対して本書には行儀が悪いというか、ぶっちゃけた話がどんどん出てきて、その面でもカタルシスがある。本書では労働者やマフィアが生き生きと描かれているが、一番面目をほどこしたのはエリツィンである。
回想録二部作に登場したエリツィンは、著者と直接のつきあいがなかったせいか、人間味がほとんど感じられなかった。本書ではエリツィンは「地頭のいい男」として魅力的に描かれていて、ゴルバチョフのようなええかっこしいが負けるのは当たり前と思えてくる。
本書の後半ではソ連=ロシアに底流するユーラシア主義に紙幅がさかれているが、それに関連してスターリンの再評価がおこなわれていることも注目したい。スターリンの本は一冊も読んだことがないが、意外にもレーニンに匹敵するインテリだったらしい。スターリンの本は今では入手が難しいが、なかなか面白そうである。