『電子書籍元年』 田代真人 (インプレスジャパン)
出版社サイドからの電子書籍論である。著者は新聞社の技術職、ファッション誌の編集者、ビジネス書専門出版社のサイトの責任者などをへてクロスメディアという会社で独立した人である。最近はアゴラブックスという電子書籍の会社を立ちあげたよし。
副題に「iPad&キンドルで本と出版業界は激変するか?」とあるが、たいして変わらないというのがおおよその趣旨のようであるが、電子書籍について多少とも知識のある人は退屈に感じるだろう。類書を読んでいたり、IT関係のニュースサイトをよく覗いてる人は最初の四章は飛ばして第五章から読みはじめるといい。本の原価計算を公開して、電子書籍でどれくらい値段が下がるかを検討しているからである。『電子書籍の基本からカラクリまでわかる本』にも原価計算が出てくるが、固定費であるはずの組版費や出版社経費をパーセントであらわすなど変な計算をやっている。
電子化しても値段はあまり変わらないという結論になるが、この計算にはつっこみをいれたくなる人もいるだろう。本書をたたき台にしていろいろな試算をぶつけたら面白いかもしれない。
原価計算はお遊びだが、本書の一番の読みどころは第六章「だれもが書籍を出版できる時代」にある。表題だけ見ると佐々木俊尚氏の本と同じ自費出版礼賛のようだが、実は反語であって本書の核心は「著者だけで文章の責任がとれるのか?」という問いかけにある。
出版社の利権を守りたいがための脅しと受けとる人がいるかもしれないが、決してそうではない。著者は名誉棄損と著作権侵害を例にあげているが、公の場で発言すると怖いことがいろいろあるのである。トラブルは現実にあって、そういう時に盾になってくれるのが出版社なのである(その代わり執筆段階や校正段階で「助言」があるわけだが)。
片隅はいえ出版界に身を置いているのでいくつか実例を見てきたが、出版のトラブルはネットの炎上の比ではない。言論を甘く見ると本当に怪我をする。
言いにくい問題にふれた点は評価したいが、疑問に感じる点がないではない。著者は出版社も編集者も印刷会社も取次も街の書店も古書店も、規模が縮小するとはいえ特色を出せば生き残れると力説しているが、本当にそうだろうか。
出版社と編集者と古書店が工夫次第で生き残れるのはその通りだろう。しかし印刷会社はプラットフォームを構築できるDNPと凸版の二強以外は難しいのではないか。取次には相当厳しい局面が待っていそうな気がする。電子取次という業態ができても現在の取次が横すべりできるわけではないし、万が一横すべりしたとしても営業マンは不要になる。町の書店はもっと厳しい。電子書店で商売になるのは上位一位と二位くらいで、セレクトショップはマニアックな読者がはじめるだろう。町の書店が電子書店に乗りだすのは無理だ。
著者はそんなことは百も承知で、右往左往する業界の仲間を力づけるために本書を書いたのかもしれないが、気休めは気休めである。