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『鬼軍曹―水木しげる戦記選集』 水木しげる (宙出版)

鬼軍曹―水木しげる戦記選集

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 貸本時代の作品11編とメジャーになってからの作品2編をおさめる戦記漫画短編集である。

 タイトルの「鬼軍曹」とは貸本誌「少年戦記」の編集をまかされていた時代に作った陽気なキャラクターで、ぐうたらぞろいの部下を救うために獅子奮迅の働きを見せる。

 水木は「少年戦記」に毎号メインディッシュとなる「水木戦記シリーズ」を書いたが、ほかに解説記事や軍艦の図面、イラストなど、1号あたり6~12本の作品を提供していた。「鬼軍曹」シリーズはデザートといったところか。「水木戦記シリーズ」以外は別名義か無署名だったが、「鬼軍曹」シリーズは関谷すすむ名義をもちい、絵柄は素朴で単純、いかにも当時の漫画という感じだ。

 「鬼軍曹」シリーズは「少年戦記」に5本発表されるが、兎月書房と喧嘩別れした後、「戦記日本」第2号に最後の作品となる「硫黄島の白い旗」を水木名義で書いている。同作はなぜか『ああ玉砕』の方にはいっているが、こちらに収録した方がよかったと思う。

 本書で特筆したいのは水木と兄の宗平氏との対談が載っていることだ。宗平氏は海軍大尉で敗戦をむかえたが、ニューギニア時代に撃墜したアメリカ軍パイロットの処刑にかかわったことでB級戦犯になるが、パイロットとは片言の英語でお喋りした仲だったので処刑命令を受けた時はつらかったそうだ。

「鬼軍曹~それは何だったのか~」

 「ビッグコミック」(小学館)1995年8月増刊号「終戦五十周年記念特集」に掲載。

 自伝系の話で、鬼という姓の軍曹が出てくる以外、貸本時代の「鬼軍曹」シリーズとは共通点がない。貸本時代の鬼軍曹は豪胆なスーパー軍曹だったが、こちらの軍曹は出世に汲々とするせこい中間管理職で、なまじ勇ましいことを言ったためにひっこみがつかなくなり、みじめな最期をとげてしまう。顔もまったく違うしモデルということはないだろう。なぜこの作品が巻頭に来ているのかわからない。

「鬼軍曹」

 1959年に貸本誌「少年戦記」(兎月書房)第5号に関谷すすむ名義で掲載。

 「鬼軍曹」シリーズの第一作で、タコ壷にもぐって敵戦車のキャタピラーを破壊し、戦車から出てきたアメリカ兵と殴りあいをやって負かしてしまう。重い話を読んだ後の口直しにちょうどいい。

「鬼軍曹 ちょいと居眠りの巻」

 1959年に貸本誌「少年戦記」(兎月書房)第6号に関谷すすむ名義で掲載。

 鬼軍曹が塹壕で一人居眠りをしていると敵戦車が突進してくる。鬼軍曹はすかさず手榴弾で戦車を走行不能にする。敵機が機銃掃射をくわえてくると鬼軍曹は敵戦車の砲塔に飛び乗り、戦車の機銃で敵機を撃墜する。

「鬼軍曹 ちょいとスリルの巻」

 1960年に貸本誌「少年戦記」(兎月書房)第8号に関谷すすむ名義で掲載。崖の上の敵の斥候を鬼軍曹が発見、射殺する。

「鬼軍曹 土人の手紙」

 1960年に貸本誌「少年戦記」(兎月書房)第11号に関谷すすむ名義で掲載。部下が原住民に頼まれた手紙を鬼軍曹は適中突破して届けにいくが、それは実は原住民から自分にあてた手紙だったとわかる。

「鬼軍曹の冒険」

 1960年に貸本誌「少年戦記」(兎月書房)第12号に武良茂名義で掲載。

 鬼軍曹の分隊は敵に包囲され全滅は時間の問題だった。中隊に救援を求めにいかなければならないが、部下たちは誰も志願しないので鬼軍曹がみずから行くことに。途中、鬼軍曹は敵戦車を奪って敵の砲兵陣地をつぶし戦闘機を撃墜する。

「戦車對戦闘機」

 1960年に貸本誌「少年戦記」(兎月書房)第9号に武良茂名義で掲載。燃料切れで敵軍に占領された飛行場に強行着陸した零戦が戦車と機銃を撃ちあいながら正面衝突したという実話を紹介した4頁の掌編。おそらく埋草として書かれたのだろう。

「乃木将軍と二〇三高地

 1959年に貸本誌「陸海空」(兎月書房)別冊日露戦争特集号に掲載。『坂の上の雲』以前に書かれたので、神格化された乃木将軍像を何のひねりもなくなぞっている。

「ダンピール海峡」

 1959年に貸本誌「陸海空」(兎月書房)第2号に掲載。『敗走記』収録のもののオリジナル版で改作版の40頁に対し61頁ある。カット割が自然でこちらの方が迫力がある。しかし60頁目の欄外の「数日後、この軍旗は無事に海軍部隊によって救出する事が出来た!!」という注は興をそぐ。

「ケ号作戦裏話 脱出地点」

 1959年に貸本誌「少年戦記」(兎月書房)第4号に武良しげる名義で掲載。

 ガタルカナル島の負け戦をアメコミ風のドライな絵柄で描いた異色作。カット割もアメリカの派手な戦争映画を意識しているようだ。こういう対蹠的な作品があると水木戦記ものの湿度の高い密林の瘴気の立ちこめた作風がよりはっきりする。

マリアナの竜」

 1960年に貸本誌「陸海空」(兎月書房)第4号に掲載。

 扉に「原作 ジョージ・本田 構成 水木しげる」とあって「少年戦記の会」のマークが描かれている。原作つきというふれこみだが、本当にそういう原作者がいたのかどうかはわからない(ご存知の方は御教示願いたい)。

 マリアナの竜と恐れられた月形治大佐を暗殺するために日系二世の兵士が送りこまれるというストーリーで応対に困る。月形大佐もいかにも漫画的なヒーローで実在の人物とは思えない。

「二人の中尉」

 1964年に貸本誌「日の丸戦記」(日の丸文庫)第1号に掲載。『敗走記』に収録のものと同じである。

「敗走記」

 「別冊少年マガジン」(講談社)1970年2月号に掲載。同題の短編集に収録のものと同じである。

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