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『電子書籍革命の真実』 西田宗千佳 (エンターブレイン)

電子書籍革命の真実

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 前回、本欄で電子書籍関連本をとりあげた際、もっとも周到な取材にもとづいて書かれた『iPad vs. キンドル』の著者、西田宗千佳氏が2010年末に出版した本である。

 序章と第一章でソニーの Readerとシャープの GALAPAGOSの比較をおこなっているが、今さら感が否めない。Readerはアメリカ市場で四番手で低迷しているし、GALAPAGOSは文字通りのガラパゴス端末でしかないことが明らかになってしまった。iPad vs. キンドルという構図は今でも有効だが、Reader vs. GALAPAGOSの構図ははじまる前に終わってしまったのである。

 本書は冒頭部分で損をしているが、第二章以降は読む価値がある。

 第二章「「プラットフォーム」に勝負をかけろ」ではとかく批判されがちな日本の出版界の水平分業を再評価し、電子書籍時代にどう対応していくかが考察されている。

 水平分業とは一冊の本を読者に届けるまでに出版社、印刷会社、取次、書店と中間業態が介在している構造をさす。欧米の出版社は印刷部門をもっているところがすくなくなく、出版社と書店の直接取引も普通のことだそうである。

 出版社と書店の間にいくつもレイヤーがはさまるとコストがかさむが、編集部門以外を外部委託可能なので、電話一台と机一つで出版社をはじめることができる。日本には出版社が四千社近くあるというが、多種多様な出版社が出版活動をつづけていけるのは水平分業のプラス面といえる。

 しかし電子書籍では中抜きが起こり、出版社さえいらなくなるのではないかという見方さえある。

 日本の場合、ケータイ時代から電子取次があり、凸版印刷系のビットウェイと大日本印刷系のMPJが電子出版のプラットホームを提供している。電子取次が介在することによって中小の出版社が生きのび、簡単に電子書店をはじめることができるようになるのではないかというわけだ。

 第三章「電子書籍を隔てる「壁」の正体」ではいわゆる「三省懇」で開発が決まった中間フォーマットの意義を解説している。

 電子書籍の閲覧フォーマットにはPDF、EPUBXMDF、BOOKとさまざまあり、ビデオテープのβ vs. VHS戦争の連想から、負けフォーマットの端末や電子データをつかみたくないという懸念から出版社と読者が様子見をしている状況がある。

 しかしそんな懸念はおよばない。なぜならビデオテープの規格戦争はハードウェアの問題だったので別規格のテープは物理的に再生できなかったが、閲覧フォーマットはソフトウェアの問題なので、そのフォーマットを読むアプリを端末にインストールすれば済む話だからだ。

 もっとも多様なフォーマットが乱立したままだと、同じ書籍の電子化を各フォーマットごとにおこなわければならず、出版社のコストがかさむという問題がある。

 それを解決するのが「三省懇」で開発した中間フォーマットで、一度中間フォーマットにしておけば、PDFだろうと、EPUBだろうと、XMDFだろうと、一発で変換できる。「三省懇」からは「出版デジタル機構」が生まれているが、本章を読むと「出版デジタル機構」の背景が理解できるだろう。

 第四章「ぼくらになにが起こったか」は『iPad vs. キンドル』を電子書籍化した際の体験記である。Kindleは日本語化されていないし、ケータイでは固い本は売れないので選択肢はiPadに限られるが、iPadにはAppStoreの審査がある。AppStoreではアップル社に関する本は売れない決まりがあるので、一応申請するものの、保険として中味のはいっていないアプリを無償配布し、中味はボイジャーの「理想書店」で販売するという仕掛を考えた。

 AppStoreではiPad版は拒絶されたものの、なぜかiPhone版は通ってしまったという。iPhoneでは固い本は読みにくいので、結局最初の想定通り理想書店経由の販売が主となった。

 売れたのかというと、まったく売れなかったそうである。iPadの日本発売が延期に延期を重ね、紙版の発売から三ヶ月たってしまったので商機を逃したかっこうだという。

 AppStoreの価格設定が米ドル換算を基本としているために 115円、230円、350円、450円、600円という刻みで、日本流の480円とか980円という値段がつけられないのも出版社側にとっては頭痛の種になっているとのこと。

 AppStoreの印税率が報道されているほど著者側に有利ではないとか、海賊版アプリ問題など、おなじみの問題もふれられている。

 第五章「電子書籍が「変えるもの」とはなにか」はまとめで、少数寡占にさえならなければ Kindleの日本上陸を歓迎するというような突っ込みをいれたくなる意見が紹介されていて、裏読みする楽しみがある。電子書籍はプロモーションと割り切るという著者側の意見も出てくるが、それで済むかどうか。未来は五里霧中である。

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