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『ハングルの誕生』 野間秀樹 (平凡社新書)

ハングルの誕生

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 ハングルは15世紀という遅い時期に他の文字を十分研究した上で作られたので造字原理が非常に洗練されている上に、誕生の経緯を記した文書群が今日に伝わっている。南北朝鮮の人たちがいうような至上の文字だとか万能の文字だという自画自賛は別にしても、非常に興味深い文字であることは言うを待たない。

 本書はハングル創製にあたって李朝第四代の王世宗が公布した『訓民正音』を現代の言語学というか現代思想の観点から読みとこうとする試みである。ハングルの言語学的考察としては姜信沆『ハングルの成立と歴史』があるが、その成果を踏まえながら漢字の世界と決別した「正音エクリチュール革命」としてハングルを考えようとしたらしい。

 らしいと書いたのは本書でくりかえし語られる「驚き」には政治的レトリックがちらついていて、文字通りには受けとりにくいからである。

 わたしがまず引っかかったのは北朝鮮を共和国と表記していることである。正式国名にこだわるなら括弧でくくった「共和国」とするとか、あるいは韓国の方も正式国名の短縮形である民国として民国/共和国とするならまだしも、あの独裁国家を普通名詞とまぎらわしい共和国と表記するのは政治的底意があると受けとらざるをえない。

 次に引っかかったのはハングルの表記がハングルだったり、山括弧でくくった<訓民正音>ないし<正音>、さらには山括弧なしの正音だったりして一定しないことである。

 確かに「ハングル」という名称は20世紀になってから作られたもので、初期においては「正音」と呼ばれていたのは事実だが、600年のハングル史の2/3以上の期間は「諺文」と呼ばれていた(本書では「諺文」という名称はハングル受難時代の歴史的名称としてしか出てこない)。

 著者は近代においてもハングルが「正音」と呼ばれていた証左として「朴勝彬といった学者たちが、学会の機関誌名を『正音』としたのをはじめ」と書いている(本書283ページ)。直前に周時経の活動について書かれているので、多くの読者は周時経と朴勝彬が同じ学会に所属する同士と受けとるだろうが、実は両者は敵対関係にあり、別々の学会を組織してハングルの正書法をめぐって激烈な論争をくりひろげていたのである。

 機関誌の名称から周時経派を「ハングル派」、朴勝彬派を「正音派」と呼ぶことが多いようであるが、本書は<正音>という呼称にこだわりながら「ハングル派」の立場しか語っていないし、そもそも正書法をめぐる論争があったこと自体がふれられていない。

 ややこしいことに訓民正音は世宗が公布した文書の名称でもある。

 『訓民正音』の原刊本はわずか二部しか残っておらず、そのうちの1940年に発見された「全氏本」は1997年にユネスコの「世界の記憶」に登録されている。訓民正音はハングルのもともとの名称でもあることから、文字体系としてのハングルが世界遺産に選ばれたと誤解している人がすくなくないようである。

 本書では書物の場合は『訓民正音』、文字体系の場合は<訓民正音><正音>と書きわけられているが、この区別は重要な部分で朦朧とする。たとえば音素を先取りしたとする条。

 驚くべきことに、<訓民正音>は、言語学が二〇世紀を迎えて辿り着いた<音素>へと、ほとんど到達していた。<正音>が字母として一つ一つ形を与えた音の単位は、今日私たちが<音素>と呼ぶ単位だったのである。

 この場合の<訓民正音>と<正音>はどちらも書物としての『訓民正音』を指しているはずだが、ハングルにすりかえられている。『訓民正音』が現代の音素概念を先取りしていたというのはその通りだと思うが、「驚くべきことに、<訓民正音>は」と書きだされるとハングルだけが音素に到達した世界に類例のない文字体系という錯覚を誘発するのではないか。

 ハングルならハングル、<正音>なら<正音>で通してくれればいいのに、<訓民正音>、<正音>、正音、ハングルと呼称がくるくる変わるので印象操作をされているような違和感が残る。

 ハングルの系統論でも異和感をおぼえた。

 著者は『世界文字辞典』(三省堂)の説というか河野六郎説を引いて地中海で生まれたアルファベットは以下の二つのルートで東方に伝来したと書いている。

 ①北方、イラン系のソグドを経てチュルク系のウィグルに達し、ウィグル文字からジンギス汗によってモンゴル文字が作られる。

 ②セム系アルファベットのアラム文字がインドに入り、インドで種々の文字を誕生させ、その一派からチベット文字が作られ、これを改良して八思巴パスパ文字が作られる。

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