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『大大阪モダン建築』 監修:橋爪紳也 編著:高岡伸一・三木学 (青幻舎)

大大阪モダン建築

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「大大阪ふたたび」

 京都在住の私にとって大阪は近くて遠い街である。出かけるのは月にいちどあるかないか。しかもたいてい、用事を済ませてしまえば寄り道するでもなく帰路についてしまう。京阪電車の特急で五十分、この、いつでも行けるという近さのために、あらためて大阪を遊ぼうという気になれないでいたのだが、本書をめくるうちにその思いもあらためられた。


 東京を凌ぐ世界の商都して、大阪が「大大阪」と呼び習わされたのは大正末から昭和十年代。その、モダンシティ大阪を彩った建築たちを中心に、近代以降の西洋建築が紹介されるこのガイドブックと共に、大阪の街を歩いてみたい。

 巻末にある地図を見てあらためて知ったのだが、私が大阪へ行くさいにまず出る京阪の淀屋橋駅や北浜駅周辺はとくにモダン建築の数多く点在している界隈である。建築の見方、街の歩き方の手引きには、これまでこれら大阪のモダン建築が「観光資源として自覚されることがなかった」のは、たとえば「神戸の旧居留地や北野の異人館、京都の三条通りと違い、街並みを作るほど両隣に揃っていない」ためとあるが、いつだったか、このあたりを行く先を探しながらタクシーでぐるぐると走りまわったことがあり、そのときの、自動車のスピードで眺めた大阪の街の印象は、古い建築が多くてかっこいいなあ、というものだった。

 本書にある戦前の建築だけでなく、戦後に建てられた大小のビルにもいいものが大阪にはあり、さまざまな時代の重なり合いがうみだしている雑然さまるごとが、こぢんまりとまとまった京都の町を見慣れた眼には大阪的なものとして映るのだ。

 紹介された建物のなかには、眼になじみのあるものもいくつかあるが、その内部にまで入ったことがあるのはわずか。本書の但し書きにもあるが、現在オフィスとして使われている建物は、基本的に内部の見学はできないことが多いらしい。どちらかというと外観よりも内部のディテールを味わいたい私には残念なのだが、なかには申し込めば見学することのできるところもあり、そうした情報も本書では知ることができる。くわえて、カフェやレストラン、ギャラリーなどが設けられているかどうかの記載もあるのだが、詳細がないのが残念なところ……ああ、なんだかすっかり観光気分になってきてしまった。けれども、大阪は行くより暮らすほうがずっと楽しい街のような気が、京都はその逆だと思っている私にはする。

 本書は、2004年の旧三井住友銀行船場支店の解体をきっかけに、「消えゆく近代建築に意義申し立て」、「大大阪の近代建築の再活用を大阪の街づくりの基盤」としようという「大オオサカまち基盤」というグループのメンバーが中心となって編まれた。グループはこれまで、数々の調査やシンポジウム、イベントの開催を遂げてきており、その活動をざっと見渡しただけでも、大阪人がうらやましくなってくる。

 本書の監修をとつとめ、近代化遺産が取り沙汰されるようになった九十年代に先駆け、街と建築をめぐる「大阪の近代」を追いかけてきた橋爪伸也氏は、このグループの「ご意見番」でもある。

 大大阪の遺産を、街のなかでいっそう生きたものとしてとらえ、暮らしのなかになじませてゆこうという彼らの活動の今後が楽しみである。グループのHPに、「大阪の近代美術館が、数十カ所の近代建築のホールや一室に分散していて、街じゅうを歩きながら一つの展覧会を見る」という近代建築活用の提案があったが、そういうことが可能な街の機構を大阪が我がものとすることができたらすばらしいと思う。かたちのあるものを壊し、新しいものを拵えてゆくことばかりでは、都市はいつまでたっても成熟しないと、みんなもうとうに気づいているではないか。


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