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『センネン画報』今日マチ子(太田出版)

センネン画報

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「沿線アドレッサンス」

 同名のブログでほぼ毎日書きつづけられている一ページマンガの単行本化。


 河原、高架線、校舎、屋上。舞台はおそらく、都心から急行で四、五十分の町のはずれ。登場するのは制服の女の子と男の子。電車が鉄橋を渡る音や、夕暮れのざわめく葦の原、風にはためく教室のカーテン、美術室の木炭と絵の具のにおい、川の向こうの町の灯、それらを背景に、彼らのどうということのないある日のできごとをうつす。

 感じやすさをもてあまし、それをやりすごすためのこのお年頃独特のほうけた気分がゆるゆると流れるなか、それでも抗うことのできない若い感性の針が振りきれるような一瞬を孕んでいる数コマ。そんな時代はすでに遠い日、というあなたも、過ぎ去りし春の、けだるく、それでいて身の置き所のきめかねる焦燥感が彷彿としてよみがえるはず。

 エピソードにさえならないような他愛のない瞬間のつらなりの傍らで、時間というものは、彼らの暮らす町をつらぬく川とおなじく、ずっと前から、そしてこれからもかわることなく流れていく……そんなマクロな視点が、この沿線の彼らのたよりない気分をみまもっているようだ。それは、ちいさくてささやかな喜びを愛しむいっぽうで、妙に醒めて冴えきった著者の感性によるものではないか。

 今日マチ子を知ったのは、彼女が発行していたミニコミ『Juicy Fruits』によってだった。脱力気味のイラストと手書き文字で綴られる、身辺のあれこれにスポットをあてた個人的ルポルタージュ。その鋭い視点にはいつも楽しませてもらっていた。筆者もミニコミ出身(というかいまなお継続中)であるので、互いのメディアに寄稿しあったりなどしてゆるやかに交流してきたのだが、彼女にこんなにもセンチメンタルな一面があったとはつゆしらず。これまでの今日マチ子の仕事のイメージというと、ちいさな誌面に情報満載、ぎゅっと中身の詰まった濃縮果汁、という具合だったが、本書は甘酸っぱい微炭酸ソーダのよう。けれど、ぴりりとした喉ごしはかわらない。一話一話の意味深なタイトルにも、それはあらわれている。

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