『京都の迷い方』(京阪神エルマガジン社)
未だ冷めぬ京都ブームを反映して、京都を取り上げた本は数々ありますが、ガイド情報系、セレブリティ押し出し系、歴史などのお勉強に検定モノ…とどれも一様に紋切り型です。特にガイド情報系に顕著ですが、何より語り口にリアリティがない。つまり誰が書いても一緒なのです。
などと、『エルマガジン』(こちらは昨年終刊)『ミーツ』『SAVVY』等情報誌をぞくぞくと世に送り出している版元が書いてよいのかどうか。それはともかく、AtoZ方式で繰りひろげられるのは、50人の書き手による、京都をめぐるあれこれ。
ガイドブックで紹介された紹介された店をただスタンプラリーのように巡ってみたり、この店に行ったら絶対これ食べなきゃ…と決めこんだり、限られた時間内でいかに効率よく回るかに知恵を絞ったり…といった直線的で予定調和な消費行動は、こと京都という多分に重層的でふくよかな街を楽しむにはもったいない気がします。
というのもかなり強引な価値観の押しつけ、という気がしないでもないけれど、出尽くした感のある京都のガイドブックのなかでは、書き手のそれぞれが得意な分野について、自分目線で語る様はなかなかの読み応え。
エッセイ風あり、随筆風、ルポ風、評論風と語り口がでんでんばらばらなのもまたよい。
辻井タカヒロ(イラストレーター)の、おかんの手作りちりめん山椒レシピとか、堀部篤史(恵文社店長)の左京区のおっさん鑑賞とか、阪田弘一(京都工芸繊維大学准教授)の、「ねねの道」をそれて霊山観音・祇園閣・大谷祖廟をめぐるガイドなどが書き手の芸を感じるコラムだが、なにより渚十吾(ミュージシャン)による京都バス路線図マップを讃える詩がすてき。というか私はこれをポエムと呼びたい。
これは本ではない。
ちょっとしたポスターのような京都バスの路線地図。
こんなに美しくて、横42㎝・縦52㎝サイズで、
しかもフリー・ペイパー。
僕は大原のバス停で手に入れたが、きみはどうする?
八月の暑い1日と京都、誰も歩いていない哲学の道あたりで
深い山々に囲まれているこの路線図を眺めていたら
歴史の幽玄の世界へと迷い込んでしまいそうだ。……
本当に京都で迷いたいなら、このポエムの世界を探して街を彷徨ったらいいかも。私は彷徨いたくなった。
それにしても、私的なところから好き勝手に語った一連の文章が、一方でガイドとしてじゅうぶんまかりとおる都市って、やっぱり「京都」しか思い浮かばない。だけどもう、情報なんてどうでもいい。「京都」を使って夢を見るくらいしか、ここに住んでいたらすることがない。
で、渚十吾さんの詩のつづきをお読みになりたくば、お買い上げください。それだけでも価値があると私は思う。