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『ファンドレイジングが社会を変える』鵜尾雅隆(三一書房)

ファンドレイジング

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「日本に寄付10兆円市場を2020年までに実現させる!」

 ビジネスの手法で社会問題を解決する社会起業というワークスタイルが注目されています。社会起業といっても、その主体は、株式会社からNPO法人特定非営利活動法人)、法人格をもっていない民間組織、個人事業まで様々。その経営方法も多様。主体がどうあれ、社会起業を目指す人たちの多くはその運営資金に苦慮してきました。たとえ株式会社であっても、です。
 本書は、非営利組織(本書では、NPO法人特定非営利活動法人、または民間非営利組織の総称として「NPO」と記述している)の資金調達のための心構えとノウハウを網羅した実用書です。

 阪神大震災でボランティアの活躍が注目され、それがきっかけとなって特定非営利活動法人という非営利活動に法人格をももたせる制度基盤ができて、約10年。あまたのNPOが設立されてきました。優秀な人たちが参画しても、その組織の資金調達能力が良くないために、事業は停止、人材も流出したという結末を迎えたところが多かった。市場の厳しい競争に負け続けてきたのが、NPOの歴史の一面です。

 この書評空間でも紹介した「日本のNPOはなぜ不幸なのか」でも触れたように、日本社会にはNPOの活動を停滞させる多くの構造的要因があるのは事実。しかし、その要因をいくら分析しても、状況はよくなりません。

 本書の著者である、鵜尾氏は、日本で初めてNPOのためのファンドレイジング(資金調達)のための会社を設立した社会起業家インドネシア、アメリカ、そして日本国内で習得、実践してきた、ファンドレイジングの専門家。そのノウハウを惜しげもなく公開してくれました。

 アメリカには寄付文化がある。日本にはない。だからNPO活動は発展しない。優秀な人材も集まらない。

 たしかにそうなのです。少なくとも現在は。

 だから、これからもずっと日本にはNPOへのファンドレイジングが根付かないのでしょうか?と鵜尾氏は問いかけます。そして、一つずつ、上記の「日本人の寄付についての常識」を検証していく。すると、日本社会には古くから相互扶助の精神と仕組みがあるということ。日本的な寄付行為は、日本社会に根付いているということを証明してくれます。

 鵜尾氏は、「日本に寄付10兆円市場を2020年までに実現させる」ことを真剣に考えているひとです。現在の日本の寄付環境を知っている人からみると、非現実的な壮大な夢。

 アメリカは個人寄付が年間20兆円を超える寄付文化大国。日本はアメリカの約半分の人口の国。鵜尾氏は、日本も約10兆円規模の寄付文化が花開くことは可能!とポジティブな近未来を構想しています。

 

 私は鵜尾氏のファンドレイジングについての講演を1回、ワークショップを1回受講したことがあります。

 その前向きな近未来構想能力をはじめは懐疑していました。NPOをとりまく環境が厳しいことを知っていたからです。しかし、多くの成功事例があることを鵜尾氏から教えられ、体験主義によって視野が狭くなっていた自分に気がつきました。すべてがダメというわけではないのです。成功した事例はある。それを分析して、一般化すれば、ほかのNPOのファンドレイジングにも適応できます。「あの団体が成功したのは、東京だから」「あの分野だから」という、固定観念をもっていてはファンドレイジングのノウハウは共有できません。

 ファンドレイジングを成功させるためには、NPOも社会もパラダイムの変化をしなければなりません。

 その一つが、「ファンドレイジングを単なる資金集めの手段ではなく、社会を変えていく手段として捉え直す」という視点でしょう。

 なぜそのNPOに寄付をするのか? 寄付する人はその理由を考えています。納得すれば寄付をしてくれます。

 納得とは何でしょうか。社会が良くなることです。社会変革のためには資金が必要である、という認識は確実に広がっています。

 

 寄付を受け取ったNPOの活動によって社会が良くなった、という成功体験が社会に蓄積されていけば寄付10兆円も夢ではないのです。

 鵜尾氏が提唱する、「ファンドレイジング成功のための7つの原則」を紹介します。

 

 第1の原則 ファンドレイジングを「単なる資金集めの手段」ではなく、「社会を変えていく手段」として捉え直す。

 第2の原則  ファンドレイジングは、「施しをお願いする行為」ではなく、社会に「共感」してもらい、自らの団体の持つ「解決策」を理解してもらう行為であると考える。

 第3の原則 「よい活動をしているのに寄付などが集まらないのは、社会が成熟していないからだ」という発想を捨てる

 第4の原則 おおきな支援を得るためには、NPO自身も「つり銭型寄付」のパラダイムのみならず、「社会変革型寄付」のパラダイムを念頭に置く。

 第5の原則 日本には寄付文化がないのではなく、寄付の成功体験と習慣がないにすぎないと理解する。

 第6の原則 活動の質を高め、適切な組織マネジメントを行うことは、良いファンドレイジングの前提であると理解する。

 第7の原則 日本の寄付市場の大きな変化の流れに乗る。

 私は、1から3の原則を読んで、痛いところを突かれた、と思いました。いくら日本社会の寄付文化を分析し、批判しても、現実は変わらないのですから。鵜尾氏は、数多くの失敗したNPOを見て、学習してきたノウハウを社会に発信はじめました。そのすべてを吸収するために何度も読み返す本になりそうです。


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