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『猫語の教科書―共に暮らすためのやさしい提案 』監修・野澤延行(池田書店)

猫語の教科書―共に暮らすためのやさしい提案 

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 旅、料理、手芸、ファッション、健康や自己メンテなど、最近の実用書には、いかにも実用書然としたのではない、おしゃれなデザインのものがおおい。


 実用書といえば!の池田書店のものにもその手の本がいろいろとある。そういえば、現在大流行中の塩麹についてはじめて知ったのはここの『麹のレシピ―からだに「いいこと」たくさん』(おのみさ著)だった。また、ページにゆらめくさまざまな金魚たちの姿に見惚れる『金魚―長く、楽しく飼うための本 (もっとわかる動物のことシリーズ) 』(川田洋之助監修/ 岡本信明)も本棚にある。金魚を飼うつもりなどないのに。


 さて、はじめて猫と暮らす人のための本書のタイトルは、猫好きのバイブルともいうべきポール・ギャリコの『猫語の教科書』から。猫の目線から、人間との暮らしをいかに快適にするかが語られるこのギャリコの本によれば、ヒトはどうしようもなくおろかな生きものだが、彼等を支配し、上手にその家を乗っ取れば、猫は安全で快適な暮らしが送れるのだという。本書もそれにならい、猫との暮らしはあくまで猫本位であると説く。

 ……ネコと暮らすことは、飼い主という名の「従者」「世話人」、あるいは「奴隷」となることとほぼ思っておけばまちがいありません。

 ネコを家に迎えることは、じつは、“わが家をネコに乗っ取られる”ことだったりします。そこを承知した上で、「どんな変化も楽しむ」という心がまえでネコとの暮らしに入りましょう。

 猫をわが家へむかえいれる準備、猫と快適に暮らす秘訣、「猫語」――猫の身振りや行動――から読み取る猫の気持ち。猫との暮らしが長い私にとって、じつはどれもすでに承知の情報なのだが、それでも手にとらずにいられなかったのは、表紙を飾る「シャロンちゃん」(メス・三歳)の凛とした姿に惹かれたため。瞳のみどり、耳と鼻の桜色が映える真っ白なからだ、そしてこの表情。このところずっと、枕元において眠る前に眺めるのが日課となっている。

 ふわふわの綿菓子のような仔猫時代のシャロンちゃん、コードをかじるシャロンちゃん、紙袋に潜むシャロンちゃん、本棚の上に正座するシャロンちゃん、赤い毛布を〝ふみふみ〟するシャロンちゃん。どのページを繰っても、女性誌の猫特集のようなショットばかり。

 また、長毛種の代表としてペルシャ猫など、その他の猫たちも登場。たとえば、「飼い主さん訪問」というページでの、スコティッシュフォールド「へんちゃん」と飼い主「石井さん」のツーショットはすばらしい。飼い主の「石井さん」は「へんちゃん」の背中にぎゅう、と顔を埋めているのだが、そのときのへんちゃんの、うっとりと安堵しきった表情ときたら!

 思えば、私がはじめて捨て猫を拾って飼いはじめたときに求めた猫の飼い方の本は、カラー口絵にシャムやヒマラヤンなど純血腫の猫たちが図鑑のようにならんでいる他は、粗い白黒の写真かイラストばかりの、味気ない、いかにもな実用書であった。


 私は古い猫の写真集や、猫の飼い方の本が好きで、一時期は古本で目につくと買っていた。写真集はデザインで可愛いし(特に、本多信男撮影の山と渓谷社のものがすばらしい)、飼い方の本はその時代の猫の飼い方を反映していておもしろい。今の感覚からすると、これは動物虐待なのでは?と思えるような表現があったりもする。

 本書に登場する猫写真はすべて室内で撮られているが、これはかつての猫の飼い方実用書にも、また猫の写真集にもなかったことである。私の子供の頃はまだ完全室内飼いは一般的でなく、猫は自由に外へ散歩に出るものだというのが常識、猫を家に閉じ込めておくのはかわいそうだと思われていた。

 本書では「今日はるすばん」という章が設けられていて、「一泊くらいの留守番は大丈夫」と、猫を置いて外泊するさいの注意点が書かれている。完全室内飼いが定着した今日ならではのことだろう。
 『サザエさん』のタマのように、大家族の暮らす一軒家の縁側でお昼寝し、気ままに外出し、家族の誰かがいつも家にいるのでひとりぼっちになることもない、という猫はいまや少数派。この本はおもに、マンションにひとり暮らしで猫を飼う人のために作られているといっていい。「ヒトひとり+ペット」世帯は今後ますます増えてゆくのだろう。


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