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『パン語辞典―パンにまつわることばをイラストと豆知識でおいしく読み解く』ぱんとたまねぎ 監修・荻山和也(誠文堂新光社)

パン語辞典―パンにまつわることばをイラストと豆知識でおいしく読み解く

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おもてなしとかクールジャパンとか、賑やかに言われている昨今だが、パン(とケーキ)もまた、世界に誇れるニホンの文化だろう。ヨーロッパ各国の伝統的なものが本場とくらべても遜色ないレベルで再現され、さまざまなオリジナル品が定番化され、日夜新作が生み出されている。ありとあらゆるパン(とケーキ)が食べられて、かつそれを売るお店が全国津々浦々にまで行き渡っている。


なにより、その歴史や製造工程、種類といった基本情報にはじまり、パンを楽しむためのことばが、イラストとともに詰まっている本書が、この国がパン大国であることをおしえてくれる。著者である「ぱんとたまねぎ」こと林舞さんは、福岡在住のイラストレーター・デザイナーで、京都に6年間滞在。 それは、進学や就職のためでなく、おいしいパン屋がおおいという理由での移住だという。その京都でのパン生活から、林さんの活動ははじまった。同じとき私も京都にいて、いちどガケ書房で彼女とすれ違ったことがある。街のあちこちで目にしていたパンにまつわるフリーペーパー「ぱんとたまねぎ」は、単なるインフォメーションにとどまらない、作り手の愛と創意に満ちていた。


そんな、無類のパン好き、を通り越してノーブレッド・ノーライフな著者によるパン語の辞典。さまざまな種類のパンや、パンにまつわる知識だけでなく、芸術、文学、言語、歴史、自然、民俗と、その項目はあらゆるジャンルに枝葉をのばす。それはパン生地のようにふわっとかるく、ときにみっしりと濃ゆい、パンの宇宙だ。そこでは、パン種が発酵し、こねられ、焼きあがってゆくのをまっているときの、ゆるりとした、でも待ち遠しいような時間のなかにいられる。


各地へパン取材に出かけている林さんだけに、ご当地パン情報がいろいろ。当時は意識したことはなかったが、「京都人の定番おやつ」である「カルネ」(フランスパンにハムとオニオンスライスがはさまった、京都のベーカリー志津屋の看板商品)にはお世話になりました。懐かしい!


「かんぱん」は「乾パン」であること(「缶パン」だとずっと思っていた)、「コンパニオン」の原義は、一緒に(com)パン(pains)を食べる人だということ、鳥取県の一部では法事のお返しにされる「法事パン」があること、などなど、この齢ではじめてしることもいろいろ。


好きなパンが載っているのをみつけるのも、うれしい。「明太フランス」(名作!)、「シベリア」(パンではないが、パン屋で売っているお菓子も多数収録)、「三色パン」(定番は、あん・クリーム・チョコとあったが、私が昨日食べたのは、あん・クリーム・ジャムの三色でしたよ、林さん!)。と、読めば誰もがパンの話をしたくなり、パンを食べたくなること必至である。


「考えるとキリがないパン」と、まえがきにあるけれど、じつに、パンって不思議。おやつとして食べているときでも、食事として食べているときでも、そこに、日常と非日常、実用性と趣味性がいっしょくたになってやってくるような捉えどころのなさを感じるのは私だけだろうか。パンは、食べものであることを超えた、私たちのさまざまないとなみの結節点のようだ。ただ、食べておいしい、にとどまらないパンの楽しみ方を教えてくれる本書から、そんなことを考えた。

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