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『Freakonomics : A Rogue Economist Explores the Hidden Side of Everything』Levitt, Stephen /Dubner, Stephen J.(Penguin Books Ltd )

Freakonomics : A Rogue Economist Explores the Hidden Side of Everything

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ここで仕事をしているとインセンティブという言葉に出くわすことが多い。既に日本語化しているので訳語は不要だろう。一応辞書で探してみると「動機付け」の意とあった。ヨーロッパのビジネスマンはこの言葉を魔法の杖のように使う。

本書よりその例。イスラエルのある小学校で子供の出迎え時間に遅刻する親が多いことが問題になっていた。ヨーロッパではー少なくとも筆者の住むイギリスではー子供が小学生以下の場合、登下校の送り迎えは親の義務であり、子供ひとりで道路を歩かせることさえ法律で禁止されている。よって親が遅刻した場合は、社会福祉担当者とか教師とかの誰かが残業をしてその子供の面倒をみるしかない。それには残業代もかかる。その残業代は税金で支払われている。ちゃんと定刻に迎えに来ている親たちからは社会的不公平ではないかと疑問が出る。

そこで対策を立てた。遅れる親には罰金を課そう。徴収した罰金は何か有効なことに使えばいい。何より罰金嫌さに遅刻が減るのは自明というものだ。

しかしこの結果は。。。。。。。遅れる親の数が倍増したのだ。一体これはどうしたことか。インテンティブは常に前向きに働くと経済学では言うではないか。説明がつかない。

本書によれば、インセンティブの性質はその社会性や目的によって、社会的、道徳的、経済的、などに分類できるとのこと。子供がいても仕事を続けることが可能な法律制度が整備しているイギリスのような国では、子供のいる女性の多くが親になる以前と同じ定職に就いて働いている。イスラエルの小学校のこのケースでは「罰金を払えば遅刻ができる」ようになった親たちは、罰金制度の導入後、経済的インセンティブである罰金の支払を道徳的インセティブである遅刻行為と交換した訳である。罰金で済むなら安いもの。一時間の残業代の方が得かも知れない、ということだ。遅まきながら事態に気づいた社会福祉担当者はあわてて罰金制度の中止を決めたが、遅刻する親の数は罰金導入直後のまま高止まりになってしまった。道徳的インセンティブと経済的インセンティブの交換は一旦行われると不可逆であり、つまり失われたモラルはもう戻ってこない。知り合いの女性にこの質問をしてみたところ「遅れて罰金なら安いものよ」とすかさず即答された。女性心理についてもついでに勉強になってしまって得をしたような損をしたような気がした。

以上、第一章「教師と相撲力士の共通点は何?」より。相撲力士のほうは個人的に納得できなかったので割愛します。しかし日本相撲協会関係各位にはご興味がおありの内容かも知れませんので一読をお勧めします。本書全体構成は、シカゴ大学の経済学者スティーブン・リヴェットと文筆家スティーブン・J・ダブナーが他に「麻薬業者はなぜ母親と同居するのか」「完璧な親になるにはどうすればいい?」「KKKと不動産業者はどこが似ているのか?」などの珍問を経済学視点で解き明かすものです。


(林 茂)

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