書評空間::紀伊國屋書店 KINOKUNIYA::BOOKLOG

プロの読み手による書評ブログ

『Low : 33 1/3』Wilcken, Hugo(Continuum)

Low : 33 1/3

→紀伊國屋書店で購入

レコードのタイトルではなくて、これ、本です。歴史的名盤の中から一冊=一枚で批評するシリーズ企画ですが、その中から個人的に一番良く聞いたDavid BowieのLowを取り上げることにします。

少々飛躍して聞こえるかも知れないですが、イギリスの音楽情報は本国のイギリス人から教えてもらうのが一番だと思っています。日本でも情報が溢れていますし、マニアもたくさんいて客観的な情報は豊富なのですが、ややリアリティーが不足しています。例えば随分前から衰えが目立つこのDavid Bowieについて言うと、日本だと未だにわりと高級なミュージシャンと思われていると想像しますが、今のイギリスでの一般的な位置づけは年老いたポップシンガーというあたりです。そして例えばマックフライ。日本ではライブエイトに出演していたようですが、本国イギリスだと8歳以下用のお子様バンド扱いです(日本でもそうですか?)。そういう違いもそれはそれとして楽しいものなのですが、長年思い込みを抱きながらファンをやっていて、イギリスに来てから「あれ?」と思わせられるようなコメントを聞いて調子が狂ったことが何度もあるのであえて書く次第。

本シリーズのいいところはレコードが出た当時の現地シーンの様子やリスナーの背景が感じられるところでしょう。私のこの拙文とやや同じく内容が時々私小説じみるところもありますが、そういう意味では選盤が渋いこの33 1/3シリーズは英語で読むのが相応しいと思います。David Bowie 'Low'はBrian EnoやRobert Flippをゲストに迎えた名盤で、まだ壁が確固と存在していた時代のベルリン録音だとずっと思い込んでいたのですが、実は大半のバックトラックがBrian Enoによってフランスで作られていたこと、この歴史的名盤の音作りの部分にDavid Bowie自身がどれだけ関わったのかなど、フランス北部のダンケルクに留学した経験を持つオーストラリア人の著者が当時のこのアルバムを巡る状況を描き出してくれる好著です。参考文献としては、絶版ですがBrian Enoの日記<A Year, published by faber & faber>をお勧めします。他、本シリーズでは’The Velvet Underground & Nico’の著者Otto Chrisはボストンの音楽プロデューサーで、ボストンの若者がロンドンパンクを尻目にニューヨークパンクをどのように受容したのかが感じられるこれも好著です。

(林 茂)

<類書>

Unknown Pleasures (33 1/3)-US-

ISBN:0826415490 (Paper cover book)

Ott, Chris /Publisher:Continuum Intl Pub Group Published 2004/04


→紀伊國屋書店で購入