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『「格差突破力」をつける方法』中山治(洋泉社)

「格差突破力」をつける方法

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「日本の格差はさらに拡大するだろうが、私と家族だけは生き残るぞ!」

 拡大する一方の格差社会を論じる本はあっても、その格差社会の中で、したたかに生き残るための実践的な教えを説く本はほとんどありません。
 以前、昨年、東京に住んでいたとき、「中流起業家」という企画を出版社に提案したことがあります。好きなことで起業し、中小企業のボスとして手取り年収1000万円以上を稼ぎ、週休2日で、家庭と仕事の両立ができている起業家を紹介する、というシンプルな企画でした。この提案を聞いてくれた出版社勤務の編集者は、「読者は大成功した人のノウハウを知りたがっている。パンチが足りない」という反応。企画は没となりました。企画を一緒につくったフリーランスの編集者と、また企画を練り直しましょう、と約束して別れました。が、私は静岡県浜松市に転居。編集者からは、企画を断念したという連絡を受けました。

 堅実に働いて年収1000万円を確保する生き方はすばらしいし、マネがしやすいと私は思うのですが、世間はそうではないらしい。上流と下流に二極化する超資本主義の時代では、中流的な収入を常時キープできることは、目立たないがひとつの勝ち組の生き方ではないか、という思いがずっとありました。

 平凡だが、生活が安定しており、家族と仕事のバランスがとれていること。

 そのような生き方を求めている人に本書『「格差突破力」をつける方法」をオススメします。

 著者の中山治氏は、日本経済を論じる大前提として「巨額の財政赤字少子高齢化に悩む日本は再び氷河期を迎える可能性が高い」という考えです。楽観的な経済予測はしていません。また、日本政府の本質的な行動原理は「アメリカの属国」という立場をとっています。したがって、日本はもっと規制緩和をして、アメリカによって都合のよい政治体制になり、アメリカ企業ごのみの経済政策を遂行していくと中山氏は予測しています。将来の日本は、現状よりもさらに格差が拡大していくのでしょうね。

 そのようなむき出しの資本主義の中で、中流的な生き方を維持していくために必要な知恵が求められています。しかし、書店にあふれる人生の指南書の多くは、非凡な人によって書かれた、非凡な生き方を説くモノばかり。これでは、平凡な能力をもつ普通の人にはマネはできません。普通の人にとって、人生は博打ではないし、寝食を忘れるような一生熱中することなどありません。仮に非凡な人のマネをしたとしても、早晩、その成功のメッキははがれていきます。自分で考えた地に足のついた人生戦略ではないからです。

 

では、どうしたら普通の人が中流生活でいられるのでしょうか。

「どの分野であっても、食えるスキルを磨くには知力が欠かせません。格差社会の『格差』とは、つきるところ『情報格差』ということだからです」

 (1)脳のなかに「良質の情報」を流通させる

 (2)それをもとに自分の頭で考える。

 「良質の情報」を得るには

(1)優れた書物

(2)優れた人物

(3)優れた芸術

との接触が必要であると説きます。

 こうしてまとめてみると、きわめて凡庸な知恵であるように思われることでしょう。しかしそうではありません。中山氏はこのシンプルな原理原則をもとに、現実局面でいかにして自分の生活を守るか、という知恵を訥々と説いていきます。

 中山氏は3人の子どもの父であり、その子らは就職氷河期世代。その子どもたちとの対話と、自分自身の人生経験を融合させてつくった知恵には力強い説得力があります。加えて、妻が交通事故常習者によって被害を受け身体障害者になってしまい、その介護に当たられています。行間から立ち上る怒りは、人生の不条理を知っている長老のものです。日本経済が崩壊しても、自分の家族の経済と人生が破綻しないように知恵を絞っている。その気迫に頭が下がります。

 格差社会に不安を持つ人ならば、こういう本を探していた! という納得が得られることでしょう。

 


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