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『カラオケ秘史 創意工夫の世界革命』烏賀陽弘道(新潮社)

カラオケ秘史 創意工夫の世界革命

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 オリコンから名誉毀損で訴えられたジャーナリスト烏賀陽弘道さんの最新刊。以前からカラオケの歴史について取材執筆中と聞いていました。法廷闘争で注目されていますが、烏賀陽さんの本業は、言論の自由のために戦う活動家ではなく、フリーのジャーナリストです。本業が形になって、本当によかった。書店でみつけて即購入しました。

 この本をカラオケの歴史として読むのではなく、ひとつの箱(ワンボックス)の有効利用をビジネスモデルにした歴史、として私は読みました。というのはいま浜松市ハイエースなどのワンボックスカーをカスタマイズする仕事をしているため、「箱」という小さな、しかし人が長時間過ごすには十分な広さの空間の可能性を拡大するために知恵を絞っているからです。

自動車とは、移動する箱の可能性を拡大するビジネスである、と解釈すれば、他業種からの知恵や歴史からエッセンスをいただければ、おもしろい商品が作れるのではないか、と考えたわけです。

 カラオケ産業の歴史を書いた本書は、この意味で最適なテキストでした。

■第一段階

はじめに、歌が好きな人がいた。その人がカラオケのビジネス化を試みる。すると当時存在していた「流し」という音楽サービスの職業集団から反発を受ける。この既存のビジネス集団と、カラオケという新事業との共存に成功した人が現れる。こうして初期型のカラオケというビジネスが認知され始める。

■第二段階

標準規格は、すでにあるハードから派生する。8トラックテープという規格は自動車に搭載可能な音響機器からできあがった。ローコストでカラオケ機器の製造が可能になる。

■第三段階

カラオケを楽しむ場所の開発。

水商売という「老人」と「男性」が楽しむ娯楽としてのカラオケ空間から、「女性」や「子供」が楽しむことができるように場所の開発が展開されていく。

スナックから、ロードサイドの「カラオケボックス」への拡大。これによって、カラオケが全国に爆発的に普及していく。ロードサイド、地方、ファーストフード、モータリゼーションというさまざまな要素がカラオケの爆発的普及を促進させた。

■第四段階

カラオケ機器の技術革命。歌というコンテンツが増加するにしたがって、8トラテープでは対応できなくなっていく。これに対して、ブラザー工業(名古屋)の無名の技術者が「通信カラオケ」を開発して商品化に成功。カラオケビジネスが日本のなかで確たる地位をつくっていく。音楽データのデジタル技術化に成功していたローランド社(浜松市)MIDI規格がこれを後押しした。

 

「カラオケの父たち」を訪ね歩いた筆者が驚いたのは、その誰もがきわめて謙虚で、極めて無欲なことです。(中略)

 そう驚いたことに、誰もカラオケでカネもうけをしたり、虚栄心を満たしたりしていないのです。(中略)

 最初は偶然なのかなと思っていたのですが、次第に私の思い込みが逆に間違っているのだと気が付いた。金銭欲や功名心、虚栄心が動機になって生み出されるものなんて、実はたいしたことはないのです。

 このカラオケビジネスをつくった面々に共通しているのはベンチャーマインド。ミュージシャン、零細企業経営者、無名のエンジニアたちが、同時多発的にカラオケビジネスに挑み、相互の技術と商流が大きな川をつくっていきます。この流れを新書という手軽な価格の大衆商品として再現した、烏賀陽さんもまた、音楽を愛するひとりのミュージシャン。歴史の書き手として最適任でした。

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