『すごい本屋!』井原万見子(朝日新聞出版)
「息子と行ける、普通の本屋を探しています」
もうすぐ子供が生まれます。子宮内を撮影した写真にはしっかりキンタマが映っていましたので男の子です。
妻とふたりで考えて昨年末には名前もつけました。
ついさっき妻と電話で話をしたのですが、胎内ですくすく育ち3000グラムほどになっているそうです。いつ生まれてもおかしくない!
東京から静岡県浜松市に移住して1年半。いまも、時間があるとなんとなく書店に足を向けてしまう癖は直っていません。
息子が生まれたら書店に行くことになるだろうな、と思っています。
じゃあ、 息子を連れて行くならどんな本屋がいいだろうか?
考えてみると、子どもを連れて行くにふさわしい書店はありそうでない、と感じます。
大型ショッピングセンターは店内が大きな商店街になっています。自動車がない環境なので安全だけれど、子どもが高度消費文化に洗脳されるような気がします。
ご近所の書店はどうでしょうか? チェーン店ばかりになってしまい、店員はアルバイトしかいない。子ども向けのサービスマニュアルがないならば何もできない店舗になっているような気がします。
私が本を好きになったのは保育園のとき。怪獣大図鑑を買ってもらって、それを読みふけって、怪獣の身長、体重、得意技を丸暗記してから、読書の楽しみを知りました。接客はテキトー。笑顔なしでも書店経営ができました。
その子どものときに通った書店はまだあります。2年前に実家に帰省したとき立ち寄ったのですが、エロ本と、時代ものの文庫しか置いていませんでした。店番をしていた店主は高齢で、年金を受け取りながら、細々と経営しているという風情。跡取りがいない書店はこうなってしまうのか、と嘆息しました。
本書の舞台は和歌山県の過疎の山村部、日高。「イハラ・ハートショップ」の経営者がつづる軽いエッセイです。
日高には遊びに行ったことがあります。彼の地には漫画家をしている先輩がいます。いつか妻と一緒に浜松からドライブに行こうと約束していたのですが、漫画家の奥さんが「妊娠中に長距離移動は無理よ」と心配して、ドライブは先送りしていたのです。
もうあと10日くらいしたら息子が生まれます。家族そろって日高に行くのは1-2年は無理でしょう。代わりにこの本を読むことにしたのです。
山奥の本屋「イハラ・ハートショップ」では、本と一緒にお菓子や日用雑貨、食料品が置かれています。
お客さんは都市部とは違います。80歳のおばあちゃん。ご近所の子どもたち。絵本や童話を、みんなで座り読みして、お菓子と一緒に気に入った本を買っていきます。
絵本の読み聞かせもやっています。東京の書店ならば、文化イベント、ということになるのかな。本書のなかに掲載された店内写真をみると、子どもが6人、椅子に座って、店主がレジ前から朗読しているといういたってシンプルなものでした。イベントというよりも、寄り合いです。
店主は、お客さんが、「塩が欲しいから置いて」と言われれば置く。こういう絵本がないかな、と聞けば、探し出して置く、というシンプルな経営をまじめにしているのでした。
この本屋が、全国の書店業界で注目されるようになり、東京からメディアが取材に来るようになります。ある人は「周回遅れの最前線」と高く評価したそうです。東京から文化人が、この店の魅力を知って立ち寄るようになっていきます。
私たちは、大型化した書店、コンビニの書棚の便利さを知っています。前者のタイプの店舗なら、圧倒的な品揃えで知識人層の読者を獲得できます。後者ならば、全国のコンビニネットワークという圧倒的な流通力によって売り上げを確保することができます。この2つの巨人が台頭するなかで、普通のご近所の書店は無くなっていきました。
イハラ・ハートショップは、過疎地域であったことから、2つの巨人の視野に入らなかった。地域住民が書店にニーズを伝え続け、店主がこれに誠意を持って答え続けていました。だから生き残ってきたと思います。
同じような本屋。浜松でもつくれそうな気がします。私が知らないだけで、どこかにあるような気もします。
息子と行ける本屋を探さなくちゃ。浜松で。