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『働くママが日本を救う!』光畑由佳(毎日コミュニケーションズ)

働くママが日本を救う!

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「子連れ出勤というシンプルな答え」

 なんとなく会社に行きたくないという日がありました。妻はそれを感じ取ってかこう言います。
「私が石松君(息子の仮名)を連れて会社に行こうか?」

「ああ、いいねぇ」

 と、そこで会社に妻が子連れで働いているシーンを考えてみた。

 勤務時間中に子どもが泣く。おむつを交換する。なんとかなるんじゃないか。

 妻は子育てに区切りがついたら働くつもり。そのための準備もしています。浜松市でそういうワークスタイルができる職場を探してみるか。キーボードをたたいて検索しても、出てくる情報は、「取り組みをしています」という公式見解ばかり。当事者の肉声は少なめ。検索では中小企業の取り組みはほとんど出てこない。

 困ったな、と検索を続けていると、「モーハウス」という会社のホームページにたどり着きました。授乳服のメーカーです。モーハウスの光畑社長は、社会起業家として注目されている人。以前、この書評空間で紹介した、「社会起業家に学べ!」(今一生)でも紹介されていることは知っていましたが、実際にサイトを見たことはありませんでした。かるーい感じのブログ文体。3児の母。すごいなぁ。一児だけでも大変なのに3児かぁ・・・。同じく3児の母として、いま大活躍の人と言えば勝間和代さん。ボランティア的な組織から会社としての成長を成し遂げたモーハウスと、外資系企業のアナリストから経済評論家に転職した勝間さんを比べてみようか、と思い立って本書を読むことにしました。それから、子どもの貧困問題についての文献を読んでいるうちに、日本社会はもうダメだ、とありきたりな悲観論に傾きつつある自分を奮い立たせておこうとも考えました。

 マクロ的に考えると、日本はもうダメだ、となる。これは海外在住のインテリ日本人に多い傾向です。一生日本に暮らすことを決めている人は、悲観論に浸るのは有害です。

 創業からずっと子連れ出勤で会社を経営してきた光畑さん。育児中だった自分が働きやすいし、他の女性も働きやすいからはじめたワークスタイルが、注目されることが不思議だったといいます。10年ほどで約150人の子連れママを雇用してきた経験からでる言葉は説得力があります。

 育児と仕事の両立をしたい、という女性は多いけれど、育児休暇制度を用意できる会社は大手に限られます。ここまでは既知の事実。たしかに恵まれた会社に勤務している女性は育児休暇をとっています。しかし保育所はいっぱい。待機が社会問題になっています。こればかりは、一流企業に在籍していてもいかんともしがたいところ。こうして仕事と育児の両立は不可能、ということになってしまいます。普通の論者はこれで、出口なし、ということになます。

 光畑さんは、子連れ出勤をしたらいいんじゃないの、と考えて行動していく。そのメリットは大きいと説きます。ハローワークに、子連れ出勤が可能、と登録するだけで、優秀な女性がどんどん面接試験にやってくるのです。こういう効果があるとは!知りませんでした。

 第一次産業(農林業)の現場では、子連れ労働が普通でした。働くことと生活することが一致するライフスタイルが本来の人間の生活。それが、工業化による男性中心の労働スタイル、高度経済成長という効率を追求する生き方がよしとされる風潮のなかで、多くの分断が発生していきました。

 職場と住居を分ける。職場と育児を分ける。男女の性別役割分業をつくる。

 本書を読んでいると、そういう分断された生き方では快適な生活はしにくいよね、と気づきます。効率が悪いし、無理がある。

 育児だけに専念していると、子どものちょっとした個性を身体の異常と錯覚したり、復職できるのだろうかと無用な不安にかられたり。母である前にひとりの人間として女性がストレスにさらされる。父親も育児を母親に任せきりにすると、親という自覚が芽生えにくい。子どものためと称して激務をして、身体をこわしたり、家庭との関係がぎくしゃくする人が多すぎます。

 そうだ! と膝を打ったのは、中小企業のほうが柔軟に子連れ出勤を導入できる、という指摘。中小企業には厳密なルールはありません。社長がOKといえば、たいていのことはできます。大企業であれば、人事部や経理との調整をしなければならず、その社内政治のハードルに、子を持つ母親労働者は気後れして、社内改革よりも、退職して育児に専念という気持ちになりがちでしょう。

 子連れ出勤は、「モーハウスだから」、「光畑社長だから」、できたのでは、という意見には、そんなことなく、その気があればどんな会社でも導入可能、と丁寧に説明しています。

 「子連れ出勤OK !」という第2、第3のモーハウス的な会社は、日本各地に生まれていることでしょう。本書がきっかけに、社員の育児支援は当たり前という経営者が次々と現れると思います。

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