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『瀕死の双六問屋』忌野清志郎(小学館文庫)

瀕死の双六問屋

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「あの人の鼻歌が聞こえる、ほろりと泣ける名著」


忌野清志郎

 ちょっとめげていた。理由はいろいろある。ここに書くような価値のあることではない。些細なことでめげていた感じだ。はっきりした理由はない。

 昨夜、帰宅すると、妻が夕食を出して、「これを見なさいよ!」とDVDをセットした。

 ばーん! ジャジャジャーン!

 BGMはキセキ(GReeeeN)だ。

 昨年6月の結婚式の映像だった。おらいとヨーコの幸福な顔が動いている。

 カメラは、ヨーコの友だちたちの笑顔を映し出した。ヨーコと会わなければ、一生縁がなかったであろう元気で若くて美しい女性たち。ヨーコの前職は女子短大の教師なのだ。こういう女の子たちの前で、おいらはヨーコを幸せにします!と宣誓したのだった。

 映像は動いている。おいらの存在は浮いている。しかし、結婚式の中心にいる。

 なんか泣けてきた。

 いいんだよな。何をやっても。

 結婚したからあれはダメ、就職したからこれもダメ。そういうことではないんだ。幸せになるならば、信じることをやればいい。

 生後6ヶ月の息子をガシッと抱きしめて、ヨーコにブチュっとキスをして、「あははは。もう大丈夫だ!」と言った。その瞬間、携帯電話が鳴った。ある取材が進行中であり、その関係者からであった。5分ほど密談をして、段取りを確認。携帯電話を切ると、めげていた理由など何もなくなっていた。

 いまの心境にジャストフィットする書籍を書棚から取り出した。

「瀕死の双六問屋」(忌野清志郎)だ。

 愛し合ってるかーい!  愛し合ってる! 

 極上の短編エッセイ集だ。おいらが大好きな一遍は「泥水を飲み干そう」。

 デモテープを送りつけてきた若者に、キヨシローは語り出す。

「もしも君が自分の作り出す音楽を好きだったら、ずっと続けられるだろう。俺はツンクだとか、コムロのように君を祭り上げることはできない。プロデューサーじゃないんでね。俺にはプロデューサーなんて、ろくに歌えない、ギターも弾けない人間がやることのように見えてしまうんだ」

オーティス・レディングジョン・レノンローリング・ストーンズ・・・彼らが誰かのプロデュースをしてる姿なんか見たくないんだもん」

 そして、若者に「自分で自分をプロデュースするべきだ。それが21世紀の姿だよ」と言うのである!20世紀末に書かれたこのエッセイ集は、見事に21世紀を言い当ててる

 音楽産業批判もする。歌うように、書いていく。軽いノリだけど、言っていることは深いし正しい。キロシローが生きていたときから、音楽産業はクソだったわけだ。いまはもっとクソになっている。

「銀行や自動車会社のようにレコード会社も合併や吸収合併を繰り返して、せいぜい3つか4つくらいになっていくだろう。多くのバンドやディレクターがリストラされるだろう。そしてますます軽い使い捨て音楽が流通されるのだろう。悲しいことだが真実だろう」

 まったくそうだ。だからおいらは音楽を買わなくなってしまった。コンビニで流れるBGMは邪魔だ。

 「それでも君がもしも君の音楽を信じていて、自分の作り出す音をみんなに聴いて欲しいと思うなら、それを続けるべきだ。誰に何と言われようと最高の音楽なんだろ? 800万枚売った女の子が今後どうなっていくかは興味深いところだけど、800枚ずつ1万枚のレコードを作ったっていいじゃん?」

 「自分をプロデュースも出来ない奴なんて、どうせ長続きしねえよ、悪いけど」

 「ふざけんなよ。俺がサイコーなんだっていつも胸を張っていたいだろう。本当は誰だってそうなんだ。OK、そうと決まったら誰に相談する必要もない。もう君は最高の音楽をやってるイカれた野郎になったんだ。がんばれよ」

 ずるずると引用してしまう。言葉にリズムがある。詩文なのだ。解説することが難しい。キロシローの言葉が好きだ!という意思表明になってしまう。そんな書評なんかクソだよな。

 「たかだか40~50年生きてきたくらいでわかったようなツラをすんなよ」という一遍も、すごくいい。RCサクセションの歌がサイコーというファンに、いまのバンドがサイコーだって言う語りがずしりと重い。

「過去の若かりし頃の自分にすがりついて行くのか、常に新しい発見を求めて行くのかっていう問題だ。少しくらい年を重ねたからってわかったような顔をしてもらいたくないんだ。俺は同世代のオヤジどもにそれが言いたい」

 文庫版の後書きは2007年7月の日付。このままでは死にますよ、という現代医療から逃走して、民間医療を利用して、生き延びたことがつづられている。科学的には死んでいるはずなのに、自分の信じる道を歩くことで生きのびることができる。こういうことは本当にある。

出来ないということの多くは、自分で出来ないと思いこんでいるか、権威に盲従しているだけなのだ。

 疑え。笑え。泣け。自分を愛せ。人生は一度きり。

 キヨシローの歌が聞こえる。ほろりと泣ける名著である。

 

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