『働かざるもの、飢えるべからず』小飼弾(サンガ)
「ベーシックインカムという、貧困をなくす処方箋についての優れた入門書」
小飼弾さんは天才か?愚者か? 本書を読みながら、僕は首をかしげていた。どちらにしても小飼氏への賞賛になるわけだが。
本書はベーシックインカムについてのまじめな辻説法である。ベーシックインカムのアイデアそのものについてはあまりにも空想的すぎるから実現不可能、と思っていた。本書を読んで、可能かもしれない、考える価値がある、という方向に気持ちがゆれた。
ブロガーとしての弾さんの文章には中毒性がある。大量に読んで、大量に書く。最近は、twitterでひんぱんにつぶやく。条件反射でキーボードを叩いているのだろうが、気になる言葉を言葉をダンダン書いていく人だ。本書は半年前に読んでいた。書評するために再読してみた。小飼節に引っかかる。いんちきくさいのである。そこでデータを見直してみた。
原資:現在80兆円、2020年には109兆円。日本で年間110万人が亡くなっています。その人たちは約80兆円を使い切ることなく死んで、ほとんどが遺族に相続されます。高齢化のためこの額は年々増える傾向にあり、2020年には109兆円になると見込まれています。
この相続人を国民全員とした場合、年間1人64万円。月々約5万円となります。少ない金額に思えますが、4人家族であれば合計256万円。これは2008年の世帯年収の中間値である443万円の半分を超えています。OECDが使っている相対的貧困の定義は年収がその国の中間値の半分を下回ることとなっているので2009年現在、15.7%ある貧困率は事実上ゼロになります。
ところで、世帯年収は年々下がっています。不況のせいではありません。世帯数が増えているからです、その結果世帯は少なくなり2008年には2.63人/世帯となっています。貧困がきびしくなった背景には、家計をシェアする人数が減っていることも大きいのです。
実績:年間1.5兆円
現時点において相続税は税収のわずか1.8%。約1.5兆円を占めるにすぎません。実際に相続税を支払わなければならないのは、全相続の5%にすぎません。基礎控除が5千万円もあるうえ、法定相続人1人につき1千万円も控除されるので、配偶者1名、子どもが4名であれば、1億円以下の遺産は税率ゼロです。
これでは貧困が相続されるのも無理ありません。
(同書80ページから)
現状の相続税制度を維持すると、貧富の差がしっかりと継承されてしまって、社会の活力は生まれにくいのは確かだ。
諸説はあるが、日本の急激な人口減少スピードと高齢化によって、年金制度は遠からず(2020年から30年の間か)すぎには破綻するという予測が出ている。給付の年齢を延長するか(たとえば給付開始年齢を80歳にするとか)、給付額を少なくすれば(たとえば毎月5万円にする)、表面上は年金制度は続くだろうが、それでは事実上の破綻である。
人口が減少すれば、経済が失速する。労働環境がいまと変わらないのであれば、いまよりも多くの人が失業する。精神病や自殺も増えるだろう。
働きたくても働けない人が増え、飢える人が出てくる。
小飼さんは「働かざるもの、飢えるべからず」という刺激的なタイトルで、「働かざるもの、食うべからず」という資本主義の常識をひっくりかえす。
相続税を100%にして、そのお金をベーシックインカムとして無職の人間に配ればよい。飢え死にをしない程度のお金ではあるが、これを受け取れることがセーフティネットになる。飢え死にしない、という安心感から「好きなことを一心不乱に取り組む」というライフスタイルが実現できる。そうなれば、努力しても金銭的に報われなくても、働き続けることができる、と説くのである。
論理的には可能だろう。常識的に考えたら無理だろう不可能だから机上の空論なのか。空論として退けることが出来ない説得力が本書にはある。
なにしろ、安くて高性能のモノがあふれているのである。たとえばiPhone。この小さな端末に備わった機能を、毎月6000円程度の常時接続のコストで手にはいるのだ。とんでもない高付加価値で安価なサービスだ。
人生のなかでもっとも大きな買い物である家の価値も下落した。持ち家へのあこがれのない人が増えた。人口減少と少子化によって、日本中に空き物件があふれているからだ。そういう時代に家を新築する理由を見つける人は少数になっていく。
すべては、日本中に安くて良いモノがあふれてしまったからである。これ以上、安くて良いものを日本国内で作ることは不可能。中途半端な製造業は国内から消える運命にある。
成熟した社会になると、全国民を食わせていく産業をつくることは不可能である、という理解を迫ってくる。経済成長の限界のなかで、社会が持続するための処方箋がベーシックインカムなのだ。
もちろん胡散臭い。本書を熟読しても、胡散臭さは消えない。しかし魅力がある、理解する価値あるひとつの処方箋である。