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『障害者の経済学』中島隆信(東洋経済新報社)

障害者の経済学

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「「障害者ビジネス」に参入するときの必読書」

 タイトルの通り、障害者を取り巻く経済についてまとめられている。ストレートな内容である。しかし、このような直球の書籍はこれまでなかった。
 障害者について論じられた書籍というと4つのタイプにまとめられる、と著者は書く。

 第一に、障害者本人またはその親が経験を書いた「自伝タイプ」。第二は、障害者の法制度を書いた「制度論タイプ」。第三は、障害者本人またはその関係者が障害者観について語る「観念論タイプ」。そして、第四が障害者の知られざる意外な一面を書いた「意外性タイプ」。

 多くの障害者関連の書籍は前者の3タイプに属する。出版社は障害や福祉をテーマにした小出版社が多い。読者層も障害者の関係者という狭い世界に止まっている。多数派である健常者には、障害者の現実は伝わらない構造になっている。「意外性タイプ」は、一般読者を想定しているため大手出版社から出されることが多いが、特異なケースを紹介するだけなので、障害者の生活についての実態に迫ることはできない。

 こうして障害者問題はずっとマイナーであり続けてきた。

 専門家にも責任がある。「日本の経済学者は障害者の問題を避けて通ってきた」という歴史があるのだ。その意味でも、本書はきわめて貴重な書籍である。

 

 経済学という方法論を採用することで冷静な分析ができるようになった。これまで障害者問題を論じるときには、障害者当事者と家族の苦労、政治の貧困、というような「悲惨な現実」からスタートして、「社会は間違っている」という結論になっていた。それだけでは、障害者をとりまく経済は分析はできないし、経済状況の改善もない。

 どうしたらもっと効率的に有限な資源を分配できるのか。その観点で、障害者を取り巻く、モノ、人、カネの動きを分析していくのである。

 僕が本書を手にとったのは「障害者ビジネス」をするための基本的な情報が欲しかったからである。

 さまざまなNPO法人、株式会社が、障害者と家族を対象にしたビジネスを始めている。「ユニバーサルデザイン」はその最たるものだ。しかし、その消費者のニーズを調査するノウハウはほとんど知られていない。障害者ビジネスに参入する企業の側も、障害者に高付加価値商品を売って良いのだろうか、という奇妙な罪悪感をもっている人がかなりいるのである。

 それぞれの関係者に話を聞いても、障害者を対象にしたビジネスは難しいですよ、と意味深である。どんなビジネスにも固有の難しさがあるのであって、そのこと自体はどうということはない。問題だな、と感じるのは、「障害者ビジネス」へのタブー意識である。

 正確な知識があれば、タブー意識は払拭できる。本書は、その役割を十分に果たしている。

 僕は福祉車両マーケティングについて調べている。本書のなかにも該当する文章がある。福祉車両とは、「転ばぬ先の杖」の発想でできた車両だというのだ。障害者を安全に搬送するために、荷室の中央に車いすを設置するという安全基準がつくられる。しかし、この車両では家族4人が乗車することができない。なぜならば実態として「障害者専用車両」になっているからだ。著者は、障害児の父親である。十分に調べて購入しても、福祉車両についての基準についての知識不足から残念な思いをもってしまう。自動車のユーザーとしては不満が残った。ディーラーに抗議をすると当時の運輸省の基準ではどうしようもないという。障害者の安全をおもんばかりすぎる「転ばぬ先の杖」では、快適な自動車ライフはできない。もっと融通の利くルールが必要だと書く。そうしたほうが、消費者の満足度が上がり、経済が活発になるからである。

 一般ユーザーを対象にしたビジネスであれば、かんたんに解決・改善が可能なことが、障害者ビジネスだから、ということで放置されていたりする。

 なぜそのような構造になるのかを経済学の視点ですっきり解説してくれる。知的刺激を受ける好著である。

 


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