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『古代ギリシア・ローマの料理とレシピ』アンドリュー・ドルビー,サリー・グレインジャー(丸善)

古代ギリシア・ローマの料理とレシピ

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「想像力のレッスン」

ぼくは料理が好きで、夕食を何にするかは毎日の楽しみだ。レシピ本もたくさんある。でも長らく利用リをしていると、マンネリになることがある。結局はいくつかのスタイルの料理法に還元されるからだ。現代思想もいつくかの料理法のヴァリエーションといえるくらいだ。頭が固くなってきて、ワンパターンのように思えるときは、時代と材料を変えてみるとよい。そこで今回は『古代ギリシア・ローマの料理とレシピ』という本をひもといてみた。

古代のギリシアでは食事と料理はいくつもの重要な意味をそなえていた。もちろん人々は太古の昔から食べて生きてきたのだが、生存のためのしきいを超えると、すぐに食べること、食べるための料理をすることは一つの技となる。

まず書物を書こうなどと考えもしなかった古代の哲学者たちにとっては、食べることは自分の思想を示すための大切な方法だった。食事に何を食べるかは、哲学の営みに近いものがあったのであり、『ギリシア哲学者列伝』には、何を、どう食べるかで、哲学者たちが競いあったさまざまな逸話が語られている。

一般の人々にとっても、食べることは自分の身体に対する配慮の方法の一つであり、医学書でも何を食べるか、どう食べるかについての詳細な記載がある。さらに食事は宴会の場、交際の場であった。市民たちは食べながら、ワインを飲みながら、さまざまな議論の花を咲かせたのである。プラトンの『饗宴』はその片鱗を示すものにすぎないことは、プルタルコスの『食卓歓談集』が雄弁に語るところだ。

ところでプラトンがシュラクサディオニュシオス一世の宮廷を訪れたのは、その地の食事の豊かさに誘惑されたのだというのは有名な悪口だが、プラトンピュタゴラス派の秘密の書物を入手したのはディニュシオスの後援のもとだったこと考えると、食事と哲学の縁の深さも知れよう。アルケストラトスが多数のレシピを残したのも、この宮廷のためだった。

それはローマでも同じことだ。『サテュリコン』には俗悪なまでに凝った料理の数々が描かれる。ギリシアとは違ってローマではありとあらゆる食材が世界の各地から運びこまれたらしい。『古代ギリシア・ローマの料理とレシピ』に引用されているプリニウスの書簡によると、貴族たちは牡蠣、雌豚の子宮、ウニ、カタツムリなど、贅沢な材料で食事をしていたらしい(p.151)。

しかしぼくたちは今ではローマの貴族に負けないほどの豊富な食料を世界の隅々から輸入している。サテュリコンのような豪華な食事ではないとしても、ローマの農夫の料理くらいならつくれるかもしれない。最近はスーパーでもみかけるようになったサメのレシピを紹介しよう。

□サメのワイン蒸し、ベリー添え

[材料]

サメのステーキ用切り身 4枚    ブラックベリー 230g

赤ワイン  2/3カップ       白ワイン 2/3カップ

ハチミツ  大さじ2        魚醤 大さじ2   ビネガー 大さじ1

アサフェテイダ粉 小さじ1/2    コーンスターチ少量 ブーケガルニ

1)ベリーを洗って赤ワインとともに鍋で熱する。

2)サメをブーケガル二とともとに白ワインで蒸し煮する。

3)サメを鍋から出して保温しておく。煮汁に1)を加えて10-15分煮る。ハチミツ、魚醤、ビネガー、アサフェテイダを加える。

4)これを漉す。ベリーをつぶし、種子を取り出す。

5)(4)を火にかけて、コーンスターチでとろみをつけてソースとしてサメにかける(p.93)。

なんだ簡単そうじゃないか。アサフェテイダの代わりになる香料に一工夫がいるようだが。著者は古代の文献のテクストを参考にしながら、現代でも利用できる材料で、いろいろと工夫している。ぼくにはハチミツは使い過ぎ(笑)にみえるが(ほとんどの料理で使っている)。意外なのは、ナンプラーなどの魚醤と、コリアンダーの生(シャンツァイだ)を多用することだ。これではほとんどアジアの料理のテーストではないか。それでもこの素材にはこの香料が適しているのではないかと、想像力を働かせるには、レシピの記述が簡略で、頭を働かせるしかない古代料理は、いい手がかりになる。

ほかにもちょっとした工夫で、毎日の料理がひと味変わってくるのではと思わせるレシピが紹介されている。著者はすべて自作して、試食し、パーティまで開いたらしい。ローマの貧しい農夫がパンにつけていたというガーリックチーズ、ぜひ作ってみたい(p.126)。今晩はバゲットを買ってきて、サメのステーキとガーリックチーズで夕食にしようかな。ワインをギリシアのように薄めずに(笑)味わえば、古代のギリシアやローマを回想するよすがになるかもしれない。

書誌情報

古代ギリシア・ローマの料理とレシピ

■アンドリュー・ドルビー,サリー・グレインジャー著

■今川香代子訳

丸善

■2002.7

■228p ; 19cm

■ISBN 4-621-07068-1

■1900円


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