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『犬はどこだ』米澤 穂信(東京創元社)

犬はどこだ →紀伊國屋書店で購入

私語というのは難しいものである。

自分が学生の頃のことを鑑みると、あんまり偉そうなことは言えない。なので、大学で講義をするようになってからしばらくの間は、私語があっても放っておいた。
しかし、これが意外に評判が悪かったのである。「うるさくて講義に集中できない」「私語をしている学生にちゃんと注意すべきだ」と授業評価アンケートにばっちり書かれた。まじめな学生さんである。

普通、商品というものは少なかったり内容が悪かったりすると批判されるものだ。12本入りのドライバセットを買ってきて11本しか入っていなかったら怒る。しかし、講義という商品は微妙で、休講するほど有り難がられる。利用者満足度を高める視点からすると休講づくしがよい講義なのか? と悩んでいたところだったので、「をを、ちゃんと聞いてくれる学生もいたのか」とちょっと感動した。

で、感動したからには私語を注意しなければならない。やるからには徹底的にやろうと思って囁き声が生じても怒鳴っていたら、私の講義だけ軍隊みたいになってしまった。やりすぎた。

注意しなければならないのは、私語が面白い内容だった場合である。気になるのである。
先日は、教室の最前列に座った男子学生が隣の女子学生に「この前、遠距離恋愛の彼女に浮気されてさあ」と話しかけていた。どんなふうに浮気されたのか? その後どうなったのか? 私の講義より面白いことは疑いがない。加えて、話しかけられている女子学生からは、その浮気の彼女の後釜に座ってやろうという意欲が感じられるのである。あまりの興味に講義がぼろぼろになり始めた。

好奇心と職業的義務感を秤にかけた結果、その時点で注意してしまった。講義は持ち直したが、結果を知るすべは永遠に失われた。至極残念である。私語を行う場合は、あまり印象的な語句を用いないで欲しい。

このような経緯で(どのような経緯だ)今回は印象的なタイトルの本を紹介した。
「犬はどこだ」
すごく気になる。この前、ゼミの合宿で野犬に追いかけられただけに興味はいや増す。米澤穂信の長編だが、「さよなら妖精」や「春期限定いちごタルト事件」とはひと味違うテイストだ。主人公の年齢層も一回り近く高い。このまま主人公の年齢が右肩上がりになり、樋口有介化するとちょっと寂しいが、樋口有介川島誠があまり新作を書いてくれない状況で、こうした一連の作品群を導出できる才能は貴重である。8月末には新作も予定されているので、楽しみに待ちたい。

→紀伊國屋書店で購入