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『愛人(ラマン)』Marguerite Duras(河出書房新社)

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もう少しすると就職活動の季節である。もちろん2009年入社の人たちの話である。

私が修士課程にいたときも、1年次の年明け早々には就職活動が始まって、周囲の人に「早いねえ」と言われた覚えがあるが、スケジュールの早期化にはまったく歯止めがかかっていないようだ。今や学部3年次の夏休み明けには、就職戦線がスタートする。
ゼミの中でも就職指導はするのだが、これがけっこう気が重い。

軍人の9割は死に直面した状況でも、教科書で教わった通りの行動を取って死んでいくのだと聞いたことがある。教科書の内容を超克できた者だけが生き残ってエースになるのである。
最初に耳にしたときは、「教育の力ってそんなに強力なのかな」と疑問に思ったのだが、就職指導で身をもって体験した。教科書の力は偉大だ。

就職活動は求婚活動に似ている。
私も民間企業にいたが、採用担当者はおそろしいほど自分の仕事にまじめに取り組んでいる。学生が考えるほど覚めていない。
何故か。お金が絡んでいるからである。人ひとりを雇うには多額のお金が動く。企業という関数は、お金という入力にもっとも敏感に反応するように出来ている。
「あんなにたくさん履歴書を読めるわけないから、紙ヒコーキで決めてるんでしょ」といい出す学生が毎年かならずいるが、そんな半端な気持ちで学生を採る企業はない。だいたい採用担当者にしてからが、変な学生を採ってしまったら自分の評価に響くのだ。アラは全部見つけてやる、くらいの意気込みで面接を行う。付け焼き刃の対策で太刀打ち出来るレベルではない。学生の側でも結婚を申し込みに行くくらいの覚悟が必要だ。

では結婚を申し込むにあたって何を言えばいいのか。余計なことはくだくだ言わない方がいい。
「なんで好きになったのか」「自分はどれだけいい人間か」の2点で十分だ。志望動機と自己PRである。

学生の中にはSPIの成績などを必要以上に気にする人がいるが、企業にしてみれば辞めずに永く添い遂げてくれる学生が欲しい。また人を採用することになれば改めてお金がかかるし、何年かかけて育て上げた新入社員が会社に貢献してくれる前に辞めてしまったら大損である。
極端な話、優秀で転職志向が見え見えの学生と、能力がいま一つでもものすごく会社のことを好いてくれている学生だったら、かなりの採用担当者は後者を選択するだろう。そのために必要な情報はSPIの成績ではなく、志望動機と自己PRである。
換言すれば、その2点をきちんと言って帰ってくれば、いつかはどこかの会社には受かる。でも、それができない人が多いのである。どうしてか。就職対策マニュアルに余計なことがいっぱい書いてあるからだ。学生は素直にマニュアル通りの受け答えをする。

「私のどこを好きになったの?」というのは、男性が女性に言われる台詞の中でももっとも答えるのが恥ずかしい類の質問である。
そんなことは明言しなくても察してくれ、と思うところだが、相手が真剣な場合、自分の言葉で誠実に答える必要があるだろう。ここでは、「自分の言葉で」がポイントである。マニュアル通りの受け答えでは、求婚相手も採用担当者も絆されてはくれない。

また、こうした受け答えは誠実であるべきだが、正直であることが誠実であることとイコールではない。
「君の家がお金持ちだから、結婚したいと思ったんだ」とか「君が住んでる先祖代々の家はとんでもない一等地にあるので、今から入居するのが楽しみだ」などとは、いくらそれが本当のことでもプロポーズの言葉としては適切ではないだろう。相手の気持ちを慮るべきである。

学生にそう説明すると「そんなことを言うわけがない」と笑われる。確かに相手が生身の人間であれば、言わないだろう。でも、企業が相手だと言ってしまうのである。「御社の資本金xx億円は、業界でも屈指の水準であり..」「御社の福利厚生の素晴らしさは、社員を大切にしてくれる証左だと感じ..」などで始まる台詞を述べてしまい、討ち死にする学生は後を絶たない。採用担当者の頭の中では、一言目を聞いた瞬間に不採用フラグが立っている。

プロポーズにしろ、採用面接にしろ、必要なのは人を共振させる言葉である。
下手な就対本を読む時間があったら、上質な小説を読んだ方いい。

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