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『再帰的近代化――近現代における政治、伝統、美的原理』ウルリッヒ ベック,アンソニー ギデンズ,スコット ラッシュ(而立書房)

『再帰的近代化――近現代における政治、伝統、美的原理』

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●「再帰性理論をめぐる対話」

 「近代とはいかなる時代か」という問いは、社会学徒ならば避けては通れない問題である。『再帰的近代化』は、ウルリッヒ=ベック、アンソニー=ギデンズ、スコット=ラッシュの三者が、この問いにたいして真正面から取り組んだ共著である。同書は「近代化」を理解する鍵概念として、いまや社会学の基礎概念のひとつとなった「再帰性」(reflexivity)を用いて、現代を近代の徹底化として論じる理論社会学の書である―著者らはこの視座を「再帰的近代化」(reflexive modernity)とよんでいる。再帰的近代化の基本命題は「社会の近代化の進展とともに、行為の担い手が、自らの存在およびその社会的諸条件に省察を加え、さらに省察によってその条件を自らつくりかえる能力を獲得するようになること」(p.318)である。

 同書は再帰性にかんする入門書ではなく、応用の書である(cf.再帰性概念にかんする基礎的な理解のためには、文末に掲げたギデンズの『近代とはいかなる時代か?』から読み始めることをお勧めする)。同書は、三人の独立した論文を中心に編まれており「再帰的近代化」の特徴について、それぞれの力点の置き方の違いに応じて政治、ポスト伝統社会や美的原理の領域で論じられている。これらの寄稿論文を受けて巻末では、ベック、ギデンズとラッシュがそれぞれ他の論者にたいする応答と批判を行っている。ここでは見解の相違を隠すことなく、むしろ積極的な批判的対話を通じて、それぞれの理論的立場の共通性と相違が明確に打ち出しており、再帰的近代化をめぐる理論的問題点が浮き彫りとなっている。一冊のなかで繰り広げられる丁々発止の議論は、まさに共著ならではの醍醐味といえよう。

 寄稿論文にたいする批判と応答を組み込んだ本の構成上、論点は多岐にわたっているもの、主題を大別するならば三つ挙げることができるだろう。第一は、再帰性の概念定義をめぐる問題である。各論者は、現代がモダニティかポスト・モダニティかという論争に拘泥することなく、「モダニティ」(初期モダニティ/単純的モダニティ)と「再帰的モダニティ」(後期モダニティ/ハイモダニティ)を区別する認識を共有している。こうした再帰的近代化の変奏が、政治とサブ政治の理論(ベック)、文化と伝統の領域における社会変動の理論(ギデンズ)、美的感覚化と経済の理論(ラッシュ)を題材とする三つの章をまたがって展開されている。三者の相違点としては、ラッシュが、ベックとギデンズとは対照的に、再帰性を認知的水準だけでなく、ポスト構造主義に定位しつつ「ミメーシス的象徴の産出配分構造」がもたらす「美的再帰性」を提唱している点などがあげられる(pp.247-268)。

 第二は、「脱伝統遵守」(detraditionalization)の概念である。再帰的近代において伝統はつねに再帰的に問い直される対象となる。伝統は、かつてのように伝統であるという理由だけではその正統性を維持できなくなっており、人々の生活のあり方や生き方は絶えず討議や議論に開かれるようになる。この脱伝統遵守の概念についてはギデンズがもっとも紙幅を割いて議論を展開しており、伝統社会にかんする文化人類学的先行研究を起点としながら、後期ポスト伝統社会における再帰性の特徴を描きだしている。

 第三は、エコロジー問題に対する関心である。エコロジー問題はギデンズとベックの寄稿論文で論じられているが、これはとりわけ『危険社会』を著したベックの議論を通底する主題となっている。両者が共有する認識としては、「環境」や「自然」は初期モダニティでは人間の行為の外部として位置づけられてきたことが指摘される。対照的に、再帰的近代において「環境」は、もはや人間の社会生活に外在する条件ではなく、人間の社会生活によって徹底的に影響を受け、繰り返し秩序づけられていく対象として顕現化するものとして論じられている。

 原著が刊行されたのは1994年のことだが、以上に掲げた論点は、今もなお新鮮さを失っていない。再帰性をめぐる議論が、欧州を中心になおも活発に繰り広げられている点はその証左であろう。こうした再帰性をめぐる最前線の議論を理解するための足がかりとして、同書は役に立つだろう。

(伊佐栄二郎)

・関連文献

Ulrich Beck, 1986, Risikogesellschaft. Auf dem Weg in eine andere Moderne, Suhrkamp Verlag. = 東廉,伊藤美登里訳,1998,『危険社会――新しい近代への道』東京:法政大学出版局

Anthony Giddens, 1990, The Consequences of Modernity, Polity Press. = 松尾精文,小幡正敏訳,1993,『近代とはいかなる時代か?――モダニティの帰結』東京:而立書房.

Anthony Giddens, 1991, Modernity and Self-Identity: Self and Society in the Late Modern Age, Polity Press. = 秋吉美都,安藤太郎,筒井淳也訳,2005,『モダニティと自己アイデンティティ――後期近代における自己と社会』東京:ハーベスト社.

Scott Lash, 1990 Sociology of Postmodernism, Routledge. = 田中義久監訳,1997,『ポスト・モダニティの社会学』東京:法政大学出版局

Scott Lash, 2002, Critique of Information, Sage. = 相田敏彦訳,2006,『情報批判論――情報社会における批判理論は可能か』東京:NTT出版

・目次

はじめに

1.政治の再創造――再帰的近代化理論に向けて(ベック)

2.ポスト近代社会に生きること(ギデンズ)

3.再帰性とその分身――構造、美的原理、共同体(ラッシュ)

4.応答と批判(ベック、ギデンズ、ラッシュ)


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