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『続・建築家が建てた幸福な家』 松井晴子 写真・村角創一 (エクスナレッジ)

続・建築家が建てた幸福な家

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幸せな「家」たちにこの本を贈ろう

年月を経た住宅地を何の目的もなく歩くのが、私は好きだ。


パラパラとページをめくり目に飛び込んできた一文で、この本を開く準備は瞬時に整った。年月を経た住宅地を何の目的もなく歩くのがなぜ好きなのかなにが面白いのか、自分のことながら説明ができず、わたしはただ「素敵な家!」とひとりごちてたたずんできた。松井晴子さんはたたずまず、垣根や塀越しに素材やデザインを眺め竣工年代を推測し、そこに住む人の暮らしを想像しては、「時間仕上げ」された家の幸せを思う。そうした家々のなかから、現在も住宅を設計している建築家の20年以上経過した住宅であること、自邸は外すこと、住人が家にまつわる家族の歴史を語ってくれること、その条件を満たした24軒を訪ね、建てた人と住む人を追ったのがこの本だ。同じようにして3年前にまとめた『建築家が建てた幸福な家』の続編である。

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印象的な話がいくつもある。たとえば山本理顕さんが27年前につくった「STUDIO STEPS」という家。ドアを開けると巨大な階段と白い塔、トラス天井。21年暮らした初代(いわゆる施主)の知人が、今は暮らしている。自ら乞うて引き継いだほどだから全体としては申し分ないのだが、たとえばドアの幅が60センチしかないのは不便だと、その住人は感じている。著者はその言葉を理顕さんに伝える。理顕さんは応える。


あの頃は住む人の生活を具体的にイメージしないで、頭のなかで構築したコンセプトで設計していたようにも思う。お盆をもってドアを開けることまで考えていない。自分の身体感覚だけで寸法を決めていたんだと思う。


「便利」というものさしの目盛りを打つのは使う人それぞれだ。理顕さんは、どんな大きな建物をつくるときでも、自分の原点の一つとしてのこの住宅に立ち戻るのだという。松井さんはいう。建築家が設計した家は個性的であるがゆえに、最初の住人が手放したら生き残れないんじゃないかと思っていた、と。そういえば著者は、「施主」という言い方をしない。「最初の住人」なんて、「施主」といえばよかったはずだ。しかしことごとく「住人」と呼び、家と時間をともにしてきた人だけに向き合う。たとえば理顕さんも、建てた家それぞれと時間をともにしてきた建築家だから先のような発言が出てくるのだろうし、それをていねいに引用する著者の想いを感じてしまう。そうした言葉の一つ一つを、読む人であるわたしが今つぶやくことも、もしかしてその「家」を幸せにしているのかもよ、という悦びに満たしてくれるのだ。

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著者が取材の打診をして実際に受けてもらえたのは、3割くらいだったという。確かに、さかのぼること20年の家族構成の変化を語ることになるだろうし、白アリにやられたとか火事にあったとか周囲の環境が激変したとか、思い出したくもないことがあるかもしれない、それに、竣工当時いくら話題になった家だとしても、その後なにか「不便」が生じて、それをきっかけに住人と建築家の関係がすっかり変わってしまったかもしれず、取材を断る理由はいくらでも予想できる。

それでも、豪華さも奇抜さもないのに幸せな気分を発していたり、豪華で奇抜すぎるのに穏やかな幸せを発し続けている家があるのは、「家」、それ自体が幸福に満ちているからであり、それは住む人と建てた人と時間のシワザであると著者には確信があったのだろう。取り上げられた24軒はいずれも「名作住宅」だが、20年以上在る「家」のどれもが抱えているはずの幸せのようにも思えてくる。ともあれ、人が家で幸せをはぐくんだり、家で幸せを感じるように、家は人によって幸せをはくぐまれ、人によって幸せを感じるらしい。今度またどこかで「素敵な家!」とひとりごちるときには、幸せな気分をいただいたお礼に、その家にこの本を捧げたいと思うのだ。

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松井さんが暮らす家も、そうとうに幸福だと思われる。リビングルームだったろうか、大きなワンルームを、時に寄り添い自在に彩ってきた変遷が、数年前に雑誌で紹介されていた。ページを拡げて、やはりわたしはひとりごちていた、「素敵な家!」と。

この11月、著者はもう1冊の本をまとめている。『住宅の手触り』(扶桑社 写真・山田新治郎)というタイトルで、12人の建築家による24軒の、「手触りのいい家」を紹介している。この2冊が揃って店頭に並ぶ書店もあるだろう。わたしの今の気分では、だんぜん『続・建築家が建てた幸福な家』に手が伸びる。なぜだろう。「家」は、建てる人と住む人と時をあやつるダレかによって、幸せをつむがれるようである。だが素敵な建築家より素敵な施主より、ただ素敵な家の前にたたずむことが、わたしにとってはその物語へ足を踏み入れる大切なゲートであるからだろう。2冊とも、装丁は丹羽朋子さん。

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