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『イタリア古寺巡礼―ミラノ→ヴェネツィア(とんぼの本)』金沢 百枝 小澤 実(新潮社)

イタリア古寺巡礼―ミラノ→ヴェネツィア(とんぼの本)

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一般的にネガティブなイメージを持たれがちな西欧中世ですが、本書はイタリア北部のロマネスク教会を中心に、カワイイ、ユーモラスな、とぼけた、美術作品や教会装飾の写真を多く紹介することで、そうした中世美術に対しての親近感を与えてくれるものです。しかもなかなか通常のガイドブックなどでは取り上げられないような場所が紹介されています。チヴィターレ・デル・フリウリのサンタ・マリア・デル・ヴェッレ修道院祈祷堂や、チヴァーテのサンピエトロアルモンテ聖堂などは特に驚異です。イタリアには何度も訪れたことのある私ですが殆ど知らない場所ばかりです。



本書が取り扱うロマネスク教会は通説フランスがその中心とされています。しかしあえてイタリア北部のロマネスク美術を取り上げることでルネサンスの中心たるイタリアにおける中世期とルネッサンス期の関係を読者に図示することを企図されたのだと理解します。

中世とルネッサンスはよく比較されることあります。暗黒の中世に対する人間復活のルネサンス、中世の無知に対してルネサンスの学芸振興、平面的表現のルネサンスに対して人間を人間らしく写実的に立体的に描いたルネサンス、無名画家の中世に対しレオナルド、ミケランジェロラファエロなどの巨人たち。。。

こうしたイメージは全てが誤りではないにしても、かなり歪んだパースペクティブであると私は思っています。たとえば、魔女狩りは中世の出来事であるように思われていますが、実は17世紀のドイツにおいて最も盛んに最も残虐な方法で行われています。ルネサンス絵画もその殆どがつまりは聖人や救世主を描いた宗教絵画であって~ファン・アイクメムリンクの絵画が毛織物の販売に役に立ったように~反動宗教改革のプロバガンダとして同時代的も歴史的にも大いに機能したはずです。

では、中世とはどういう時代で、ルネッサンスとはどういう時代であったのか。我々は西洋文化の中に首まで浸かって生きているのであり、それを知らないでは済まされない。身近な例としては捕鯨の是非認識の東西格差というのもありました。それを説くための鍵として、私は思想上の動物と人間の関係性に注目したいと思います。本書から引用します。

『ロマネスクの装飾原理をそれ以前の比較においていえば「楽園からの逸脱」ということになります。楽園の古代的表現である蔓草と動物のうち、蔓草は残っていますが、動物たちはドラゴンや人魚といった得体の知れない幻獣あるいは労働する人間などに変化しています。それらは危険や苦難の象徴なのです。』

これに対する私にとってのコウインシダンスなきっかけはアガンベンの著書「開かれ」です。エゼキエルの幻視、三匹の太古の動物たち、義人のメシア的な宴、から成る13世紀のヘブライ語聖書「アンブロジーナ写本」を起点として現代へと展開する書物。ルネサンス美術を見るときにも人間中心主義から決別したうえで対峙しなければならないと思うに至りました。

『完全な人間性を体現する義人たちの頭が、なぜ動物として描かれているのか』

アガンベンのこの著書は、あとがきで訳者が述べているところによると、ヴァールブルグ的方法によって図象学的に直感された哲学であり、動物性が人間から排除される事による極北からの脱出です。中世において動物たちは「科学的観察よりも想像上の性格・性質を人間のさまざまな資質と同一視するキリスト教伝統」(中世動物譚/アンセル・ロビン)に守られていました。それがルネサンス期に人間中心主義によって追いやられ、同時期の大航海時代の諸発見が動物たちからマルコポーロ的神秘を奪っていく。「デカルトはサルを見なかったことは明らかだ」(リンネ)にもかかわらず大哲学が打ち立てられ、ユクスキュルの環境世界にまで至るとハイデガーはもうすぐそこにいます。「とらえそこね」(アガンベン)であるハイデガーには、「生きているだけのものに何かが付加されることで人間になる」という考え(rational animal)は到底受け入れがたいものですが、この否定は明らかに強制収容所を連想させるものです。文明化としての人間性や、序列としての動物性を考える際にルネッサンスが作り出した、あるいはルネサンスという時代を捏造したあるドイツ人犯人の目星はついています。タキトゥスゲルマニア」において「巨木などを信仰する愚かな連中」と書かれたゲルマン人の末裔が、おそらくはその反動からか人間中心主義の賞賛に熱をあげた。

中世美術の不可解さ、当惑はそれでも隠し切れない。しかし私はあえて言いたいのですが、ルネサンスよりも中世美術の方がわれわれにとっての古典美術―仏教美術―によほど近いものがあるのではないでしょうか。京都国立博物館「高僧と袈裟」展での蔓草模様の九条袈裟の数々をみて、前々から持っていたその感を強くしました。ですからその当惑を本書によって見て味わうことは「人間の動物性そのものを管理し統轄する」現代グローバリズムやゲノム、環境問題や人道主義のあり方を見直すきっかけになるかとも思うのです。

(林 茂)

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