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『コーチKのバスケットボール勝利哲学』マイク・シャシェフスキー/ジェイミー K・スパトラ(イースト・プレス)

コーチKのバスケットボール勝利哲学

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 本書『コーチKのバスケットボール勝利哲学』は、アメリカの大学バスケットボールNCAAデューク大学ヘッドコーチ、「コーチK」ことマイク・シャシェフスキーの本である。デューク大ではNCAAチャンピオン4回、レギュラーシーズン通算900勝を達成し(NCAA歴代二位)、現在はアメリカ代表のヘッドコーチも兼務している。国際大会では、2008年北京オリンピック、2010年トルコ世界選手権で金メダルの栄冠も手にしている。また2001年には、バスケットボールの殿堂入りも果たしている。では、それだけの実績を持ったコーチKは、その著作に何を記したのか。

 Beyond Basketball(直訳すると『バスケットボールを越えて』)という原題を見ても明らかなように、本書では、バスケットボールのコート上だけにとどまらない、人生哲学が展開されている。その人生哲学は、コーチKが大切にしている40の言葉を巡って、「あなた」に向かって語られる。そこには一つの道筋がある。まずある言葉が持っている意味を大まかに説明した後で、コーチKの体験をもとにその言葉にまつわるエピソードを披露してくれるという道筋である。つまり、言葉自体は抽象的なものであるが、それがどのような具体的場面で活きてくるかを説明してくれている。そのような形式で進行するので、抽象と具体の間を行き来することができ、理論的にも実践的にも様々な示唆を与えてくれるのだ。最後には、言葉ごとに応じて、実践的な助言を付けくわえている。

 そうした40の言葉のうちには、「勇気」「平常心」「思いやり」といった、行動が迫られている場面で重要になってくるものに加えて「卓越性」「危機管理」「当事者意識」といった普段あまり馴染みのない言葉も取り上げられている。また、「愛」「友情」「恩返し」などの親密な共同体に欠かせない言葉が挙がっているのは、コーチK自身が「家族のような組織」を理想としていることの表れであろう。一つ気になったのは、40の言葉のうちに「感謝Thanks」という言葉が入っていないという点である。本書のなかで、それと意味が近いのは「恩返し」や「敬意」という言葉なのだろうが、人々への感謝の気持ちを忘れないコーチKが、あえて「感謝」を入れなかったことに何か意図があるのかと興味をかきたてられるところだ。

 そして、「終わりに」の章では、「こぶしの比喩」が語られている。一本一本の指がバラバラの時とは違って、五本の指が協力して一つのまとまりになれば、強力になるというもので、コート上の五人はそうあるべきだとコーチKは力説する。また、この比喩は幾重にもなっており、チームで尊重したい言葉を五本の指に込めることもできるという。デューク大で大切にしているのは、「コミュニケーション」「信頼」「集団責任」「思いやり」「誇り」という言葉である。チームメイトとこぶしを合わせることで、チームを一層強力にする五つの言葉をお互いに思い出させることができる。この「こぶし」の重要性については、序言を書いているアントニオ・ラング氏(デューク大卒)も強調している点である。

 また、巻末部には詳細な「用語解説」がつけられており、NCAAを観たことがない人や、あるいはバスケにあまり触れたことがない人にも配慮されている。本の性質上、デューク大学に関する記述が多いが、この用語解説はNCAAの入門的要素を多分に含んでおり、一読に値するものになっている。NCAAファンにとっても、意外と思えるようなエピソードが盛り込まれていて、大いに楽しむことができるだろう。

 形式的な点についていえば、文字が大きく、全体的に読みやすい印象を受けた。また、この手の本の多くがそうしているように、重要な箇所については太字を用いていて、強調されていることも読む側としてはありがたい配慮だと感じられた。

 さて本書の意義について考える際に一つの指標となるのは、日本のバスケットボール界が、野球やサッカーと比べて、世界的にも大きく遅れをとっているという事実であろう。確かに、日本バスケットボールが世界と戦うためには、技術面を含め、かなり多くの要素が必要であることは間違いない。しかし、そうした状況からすれば、世界でも屈指の「リーダー」―コーチKが好んで使う言葉で「指導者」の意味もある―から哲学を学ぶことは無益なことではない。コーチKの哲学は、あらゆる種類(夫婦、家族、学校、地域、国)の「共同体(コミュニティー)」を重んじる点で、私たちの感覚とかけ離れたものではないというのは注目すべき点だと思う。そのコーチKの哲学を、どのように「自分流」に作りかえることができるのかは、むしろ私たち一人一人にかかっている。そして、他ならぬコーチK自身も、それを願ってくれていることだろう。

(大学第一営業部 宮下雄介)


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