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『ぼくは猟師になった』千松信也(リトルモア)

ぼくは猟師になった

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「京都でイノシシを狩る日々の充実と真実」

 痛快な本だ。ヒトとケモノの関係を、根本的に考え直させる。というよりも、そもそも都市に住む人間が日ごろまったく意識せず、完全に忘却している問いを、つきつけてくる。

 本題に入るまえに、ちょっとした余談から。この数年、ずっと気になっているのは人口の問題。日本列島の中でもあまりに人口密度の高い地域に住んでいるせいかもしれないが、「これではこの先どうにもならないな」という気がすることが多い。「いったい人の世は、あと半世紀もつんだろうか」とも。この異常な過剰の、中のひとりは自分なので、申し訳ない気持ちを抱きつつ。

 ふりかえっておこう。1873年(明治5年)の段階で、日本の総人口は3480万人だった。1912年に5000万人を突破し、1936年には6925万人に達する。1億人を超えたのが1967年(ぼくは9歳でした)。そして現在は1億3000万をちょっと切る程度。この数字の激変を見て、平然としていられるのは誰? 追いつめられている、われわれは、われわれ自身に。そしてヒトがみずからを追いつめられていると感じるならば、他の動物たちの切迫した危機感は、果たしていかばかりだろう。

 カラスやハトやドブネズミだって、都市型野生動物にはちがいない。かれらは人間社会との共存に、かなり成功している。だが山野をかけ、ヒトとは(あまり)出会わないことをライフスタイルの基本にしている大型哺乳類、クマやシカやイノシシなどは、ヒトの巣というべき都会には(迷いこむ以外には)出没しない。かれらはアスファルトの世界には住めない。生息環境は、したがって、この列島において縮小する一方だろう。個体数の推計の仕方についてはよくわからないが、確実に激減しているのだろう、と初めは思っていた。ついで、いや天敵がいなければけっして減るばかりではなく、土地によってはむしろ増えているかも、とも思った。

 いずれの判断も想像上のもので、なんともいえない(後者はそれなりに正解だが)。しかし、種と他の(複数の)種との関係がそれぞれの種の個体数を決めるのは、いかんともしがたい摂理であり、そこには「食うもの食われるもの」の抜き差しならぬ関係がある。

 この関係が、われわれにはわからなくなっている。自己家畜化の果てに、われわれはみずからエサを採集・狩猟する能力をすっかり失った。貨幣経済は、危険も技術もなく、生命奪取の最前線をまったく知ることなく、ヒトにあきれた飽食を許す。すでにいい古されたことかもしれない。だが、自分が口にする肉や野菜や穀物に対する無知と鈍感さは、われわれの生の物質的基盤を、どこか気持ちの悪いものにしている。

 そこでこの本。1974年生まれの千松信也は、兵庫県での少年時代から、動物を捕まえるのが大好きだった。ザリガニ、フナ、水生昆虫、食用蛙。トカゲを飼っては卵を産ませ、蛇を飼おうとしてはおばあちゃんに叱られる(家ごとの「お守り蛇さん」がいるところに別の蛇さんを連れてきてはいけないという理由で)。はじめ獣医を志し、車に轢かれた猫をそのまま見過ごしたことがきっかけで獣医志望をやめ、柳田国男の『妖怪談義』を読んで民俗学に興味をもち、京大の文学部に入る。やがて4年間の休学を決意し、アルバイトでお金を貯めてから、アジア放浪の旅に出て、東ティモールインドネシアでボランティア活動に従事。

 ここまでの動きも十分におもしろいが、本題はそのあとだ。放浪を終えて復学資金のためにふたたび働きはじめた運送会社の先輩社員がワナ猟をやっているのを知って、その人の手ほどきで猟の道に入るのだ。ここから先は、まったく知らなかった世界をこっちにもかいま見せてくれる、驚くべきルポルタージュ作品となっている。

 鉄砲は使わない。「なんとなくずるい」から。「それに比べてワナ猟は動物との原始的なレベルでの駆け引きという印象で、魅力を感じて」いたとのこと。この初発の理念に忠実に、ワナ(イノシシとシカ)と網(鳥)の技術を覚え、いよいよ彼の本格的な狩猟生活がはじまる。

 想像するだけで強烈なのは、とどめをさすための一瞬。ワナでは脚を一本捕まえているだけだから、ケモノはまだ力にあふれている。特にイノシシは、下手に近づけばすこぶる危険だ。用意周到、そっと接近し、棒で思い切り「どつく」しかない。シカの場合は後頭部を、イノシシの場合は眉間を。そして絶命した獲物は、ただちに丁寧に内臓を出し、内臓は森に返し、山から運びおろし、解体する。罠(ククリワナ)の構造から、解体・精肉への手順から、狩猟生活の基本のすべてが、ここで淡々と語られる。

 それにしても驚くのは、まがりなりにも京都市内に住みながら、これだけの野生動物との遭遇をくりかえしていること。「山国」という日本の本質を、ひさしぶりに思い出す。みごとに準備された「牡丹鍋」や「シカ肉の背ロースのタタキ」の写真を見ると、オオッと思うが、その肉に対して自分は権利がないなあとも思う(もちろん招待してくれればおおよろこびで出かけてゆくけれど)。自分の食べる肉は自分で調達する、というのが、猟師生活のシンプルかつ厳格な鉄則だとしたら、商品として死肉を買ってむさぼるスカヴェンジャー(死体あさり)としてのわれわれは、どこか根本的に堕落したところがあるのではないか、と思えてくる。

 著者は、嬉々として狩りにむかう。あいかわらず運送会社に勤めながら、猟期を待ち望んで。狩るのはケモノだけでなく、カモ、スズメ、野草、山菜、渓流のアマゴにイワナ、アユ、ウナギ。海ではタコ、カニ、葉巻のようなかたちのマテガイ。彼のその動きっぷりに、眼をみはり、感動する。

 感動して、ぼくも思う。動物だ、動物だ、われわれは! 植物相のあいだを動きまわって食物を探すのが基本。食料取得を中心に、生活のすべてを考えなおそうじゃないか。山も森も丘も野原も海も川も、すべてを命のフィールドとして捉えなおそうじゃないか。そうすればヒトの生活は、ずいぶん変わらざるをえないだろう。ヒトがここまで増えて、非常に見えにくくなった人類史の伝統が、たとえばこの千松さんのような人のおかげで、はっきり見えてくる気がする。

 ぼくが大きな希望を感じるのは、彼が猟師の子ではないということ。彼はみずから猟師になることを決意し、そのための知識と技を学び、猟師になったのだ。この転身の意味を、よく考えたい。現代生活における、山際のケモノたちのゾーンで暮らす、かたすみの歴史的ヒーローだ。食肉をめぐる彼の態度と実践を、ぼくは真似しないまでも、いつも心に留めていようと思う。


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