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『プロフェッショナルパイロット』杉江弘(イカロス出版)

プロフェッショナルパイロット

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「「想定外」に対応できてこそプロフェッショナル」

 飛行機に乗っていると、着陸がスムーズにいく場合とそうでない場合とがある。天候に左右されることもあるが、さしたる風も吹いていないのに「ドスン」と大きく弾んで着陸するときもあれば、悪天候でも比較的スムーズに着陸するときもある。


 本書によれば、これはパイロットの力量による違いであるという。いかなる状況でもスムーズに着陸させることのできるパイロットは、しばしば「天才」としてもてはやされるが、著者はこうした力量はむしろ後天的なものだと主張している。

 「そもそも飛行機が出現したのは、六〇〇万年の人類の歴史の中でもごく最近の出来事で、その操縦に関して持って生まれた天性のものなどあるはずがない。自分自身の経験から言っても、同期入社の仲間で最初から最後まで操縦がずば抜けて上手な者はおらず、個人の訓練での努力や日常フライトへと姿勢の差から、ある時期から能力差として固定される性格のものである。また、訓練やラインフライトでプロフェッショナルなパイロットとの同乗によって突然開眼することも少なくない」(P153)

 だが一方で、こうしたプロフェッショナルなパイロットの育成は、近年おろそかにされつつあるという。というのも、最新鋭の飛行機においては、ますますオートマチック化が進み、ある程度の訓練を積んだパイロットであれば、誰もが同じように操縦できるようになりつつあるからだ。

 しかし著者に言わせれば、こうしたオートマチック化は、トラブル発生時においては、むしろ逆説的に、より重大な決断や判断をパイロットに迫ることになるのだという。

「一昔前の航空機では、高度計や速度計の一つに異常が発生しても墜落するという事態にまでは至らなかった。しかし現代のアドテク機(=アドバンスト・テクノロジー航空機 ※補足評者)では、一つのトラブルが自動操縦システム全体を異常な状態に陥れる……。そこで飛行マニュアルに書かれていないことや、訓練では経験していなかったことが発生するとパイロットは混乱し、天候やエンジン等が正常であっても、機をアンコントロール(操縦不能)状態にしてしまうことになる。」(P235~236)

 いわば、システムが発達しオートマチック化が進めば進むほど、一見、人の手を要する領域は減り、プロフェッショナルという存在も用済みであるかのように感じられる。しかしながらその一方で、万が一の非常時に対応するためにこそ、むしろプロフェッショナルの存在が、本当は重要度を増しているのだという。

 筆者は、総飛行時間が2万時間を超え、機長としても1万時間無事故表彰を受けている現役のパイロットであり、まさに日本を代表するプロフェッショナルであるだけに、その言葉は説得力に富む。

 また、本当はプロフェッショナルという存在が必要であるにもかかわらず、システム化や合理化が進むほどに、その存在がおろそかにされているという問題点は、まさに複雑化した今日の日本社会にもあてはまろう。

 例えば、東京電力原発事故に関する報道を耳にするたびに、まさしく不在であったのは、原発に関するプロフェッショナルではなかっただろうか。本来、そうあるべきであり、また監視をする役目を担っていたはずの原子力安全・保安院などは、省庁内部でのたらいまわし人事のすえに、専門外とも言える人物が担当している始末であったのは、周知のとおりである。また、非常事態に対応できてこそのプロフェッショナルであるにも関わらず、今なお繰り返され続けている言葉は「想定外」である。

 その一方で、その危険性を数十年も前から察知し、一貫して警鐘を鳴らし続けてきた研究者たちは、長らくまともに相手にすらされてこなかったのだという。強いて言うならば、この人たちだけが、原発のプロフェッショナルと呼びうる存在であろう。

 本書は、現代社会のシステム化・オートメーション化が進むほどに、むしろ逆説的に、プロフェッショナルな人間が必要になることを説得的に述べた著作であり、もし航空会社が運行される便の機長を事前に知らせるサービスを導入したなら、まちがいなく「この人が操縦する飛行機に乗りたい」と思わせる著作である。


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