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『子供失格<1>』松山花子(双葉社)

子供失格<1>

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「笑うだけでは済まされないブラックユーモア4コマ」

 本作は、生まれながらに厭世的な気分を持ちあわせた幼稚園児「生留希望(いくとめ・のぞみ)」を主人公に、彼の家庭や幼稚園での様子を、ブラックユーモアたっぷりに描いた四コママンガである(こうした設定と、そのタイトルからして、太宰治の『人間失格』をもじった作品であることは間違いのないところだろう)。


 こうした作品は、一昔前ならば「シュールなマンガだなあ」といった一言で済まされたような気がする。同じ四コママンガで比べるならば、90年代初頭に人気を博した吉田戦車の『伝染るんです』などは、そういう印象で読んでいた記憶がある。ものすごく性格の悪いかわうそくんも、NHK教育テレビの子ども番組が好きなヤクザたちも、あくまでマンガの中だけの存在だからと思って、安心して笑い飛ばしながら読んでいたように思う。

 

 本作も、シュールな四コママンガだから、笑えることには笑える。それどころか、評者も至る所で大爆笑した。だが、それだけでは済まされないシリアスさが、そのあともずっとつきまとうところに本作の特徴がある。

 主人公が生まれながらに厭世的な気分を持ち、生きる意味を失って無力感に支配されているのは、(おそらくは飛び降りて)自殺をした前世の記憶を引き継いでしまったからである。それゆえ、この世に生まれてくるその瞬間にも、自分を励まそうとする父の言葉に対して、むしろ絶望を深めてしまう。例えばそれは冒頭での「再生」というタイトルのマンガの中に次のように描かれている。

父「息子よ 頑張って生まれてくるんだ!!」

父「生まれれば すばらしいことが いっぱいあるぞ!

  たとえば―」

 

父「パパみたいに 普通のサラリーマンになって 普通の給料もらって 普通の結婚して―」

助産師「ああっ 赤ちゃんの心音が弱まりました!!」

 これほどまでに見事に、日本社会が当たり前のものとしてきた「大人になる」というゴールの崩壊を手短に描き出したシーンもないだろう。私はこのシーンで不謹慎にも大笑いしてしまったのだが、やはりそのあとで真剣に考え込まざるを得なくなった。

 それは、単純に不景気ゆえにリストラが進んでいるとか終身雇用制が崩壊しているとか、それだけにとどまるものではない問題点を感じ取ったからに他ならない。やはりここに示されているのは「大人になること」という、子どもや若者たちにとってのゴールの崩壊であり、ロールモデルの喪失という問題点だと言わざるを得ないだろう。

 そしてその問題点は、実は日本の多くの子どもや若者たちが抱えているものでもある。主人公はたまたま前世の記憶を背負ったがゆえに生まれながらの無気力になったわけだが、日本の子どもや若者たちの多くは、社会が変化したがゆえに(そしてそれゆえに、彼らの意思とは関係なく=その意味で生まれながらに)無気力さに追い込まれているのだ。

 実際に、この社会の子どもたちを見ていても、そのような思いを強くする時がある。もちろん大多数は子どもらしい元気な子ばかりなのだが、ひどく大人びていたり、あるいは子どもらしさのない無気力な子を見かけることが少なくなくなってきたのも事実である。

 だが、そうした問題点とともに、本作からは一筋の希望も垣間見えるように思う。それは、生まれながらの無気力さを背負っていても、主人公自身は決して死なないということである。それどころか、無気力で淡々としているがゆえに、他のおかしな大人たちに囲まれていても、過剰に傷つかずに、何もかも「所詮はそのようなもの」として軽く受け流して生きていくことができているのである。

 その象徴ともいえるのは、第14話で登場するシーンであろう。父が借金の連帯保証人となった友人が失そうしたため、住居を追われてしまった家族は、あたかも「オレオレ」詐欺のごとく、一人暮らしの老人の住居に押し掛け、あたかも息子夫婦とその子どもたちであるかのようにふるまって住み込んでしまうのである。

 もちろん、その行為の是非は別問題である(というよりも、本来ならば許されざる行為だろう)。だがマンガにおいては、その後、押しかけた先の老女がやがて、主人公の祖母として振るまい、幼稚園行事にまで参加するようになり、曲がりなりにも一つの家族が営まれていく様子からは、絶望だらけの社会状況に、それでも適応しながら生き抜いていくような、人間のたくましさすら感じ取ったと言ったら、果たしていいすぎであろうか。

 以上のように、本作は笑いながら、絶望を深めつつ、そしてほのかに希望も感じさせてくれるような不思議なマンガである。内容からして、決して万人向けとは言えないが、ご関心のある方はぜひお読みいただきたい。


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