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『時刻表世界史―時代を読み解く陸海空143路線』曽我誉旨生(社会評論社)

時刻表世界史―時代を読み解く陸海空143路線

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「時刻表を読むのが100倍楽しくなる本」


 ひところまで、この世で一番面白い本とは時刻表のことだと思っていた。実は今でも、その考えは変わっておらず、このブログでも、お気に入りの時刻表のいくつかを(○○年○月号の、というように)書評として取り上げたい衝動に駆られるほどである。

 もちろん、関心のない人からすれば、それはただの数字の羅列に過ぎないかもしれない。見かけるとしたら、せいぜいがJRの駅のみどりの窓口で、一月も立つとボロボロになって捨てられていくような存在であり、電話帳と似た風景のような存在に過ぎないかもしれない。

 だが私からすれば、それはただの数字の羅列ではない。むしろ、無限の想像力を導く、いくつもの秩序だった数式の集まりなのだ。

 “想像力”といっても、いくつもの種類があるのだが、私が時刻表に喚起されるのは、主に3つ、「空想」と「夢想」と「幻想」だ。

 「空想」とは読んで字のごとく、空間の広がりに対する想像力だが、時刻表にはまだ行ったことのない地名や駅が多数登場する。多忙のために行くことができなくても、架空の旅行プランを立てているだけで、実際に出かけたような気分を味わうことができる。

 そして「夢想」は、未来の夢を描くような想像力だ。特に子どものころによくやったことだが、時刻表の路線図の中に、勝手に自分で新しい鉄道路線を引いて、駅を設置したり、あるいは架空の時刻表を作りだしたりした。あるいは、実在する路線であっても、そのうちにこんな列車が走ったらなと、想像しながら眺めているのも楽しいものだ。

 最後の「幻想」は、過去のノスタルジーに浸るような想像力だ。実際に旅行に行くときの時刻表は最新版でなくては困るが、そうでなければ、過去の時刻表を眺めながら、かつて存在した列車や路線に思いをはせるのも楽しい。実在はせずとも、時刻表上と想像の中では、いつまでも残りつづけるのである。

 このように、実際に現地に行かずとも、いつでもどこでも「紙上旅行」を楽しむことができるのが、読み物としての時刻表の正しい読み方だといえるだろう。

 そして本書『時刻表世界史』には、そのような読み物としての時刻表が、日本国内にとどまらず世界各国から、それも幅広い年代に渡って取り上げられているから、これが面白くないはずがない。

 それも鉄道に限定せずに、船や飛行機といった他の乗り物も取り上げられているから、事例もバラエティに富み、ここでもどれを例として紹介したらよいか、迷ってしまうほどである。

 しいて私が強く興味をひかれたものを挙げるならば、まず何よりも世界最長の「平壌発モスクワ行き」列車であろう(P399)。2001年11月のトマスクック時刻表によれば、およそ週に一回運転され、9日間かけて終着にたどりつくのだという。現状どうなっているのかは確かめがたいし、なかなか乗ることのできない列車だろうが、鉄道ファンとしては何とも心動かされる存在である。

 あるいは、飛行機で言うならば、1967年に日本航空が開設した、世界一周路線であろうか。わずか5年で幕を閉じたというこの路線だが、これも現存していたらぜひ乗って見たかった。その叶わぬ思いを、わずかながらにも満たしてくれるのが、時刻表とそこに書かれた数字である。P251に掲載された当時の時刻表中の都市名や出発/到着時刻が、私を想像力の世界へといざなってくれる。

 このように、本書は時刻表を読み物として楽しむための方法を教えてくれる格好の書籍である。もし本書を十二分に堪能されたなら、今度は、国内の時刻表の復刻盤や、海外の交通機関の時刻表などに進まれるとよいだろう。さすれば、この狭い日本に居ながらにして、あなたは無限の想像力の世界へと旅をすることができるはずである。


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