『グラゼニ』原作:森高夕次 漫画:アダチケイジ(講談社)
ヤクルトや阪神、楽天などの監督を務めた野村克也氏が、著作の中でよく唱えている言葉がある。それは「超二流の選手になれ」というものだ。
いわく、イチローのように、全てに秀でた超一流選手になれるものはごく限られており、厳しい競争社会で生き残るには、自分のオリジナリティに徹底的に磨きをかけるしかない。足が早ければ、ここぞという時の代走のスペシャリストになれるし、肩が強ければ、外野の守備固め要員になることができる、といった具合である。
本作『グラゼニ』の主人公、スパイダースの凡田夏之介投手も、そうした選手の典型である。サイドスローの左投手で、球速は140キロそこそこだが、コントロールがいいので、ここぞというときに登場してくる中継ぎピッチャーである。
このように、試合がヤマ場を迎え、相手チームのチャンスで左の好打者に回ったとき、その相手だけを押さえるために登場する中継ぎピッチャーを、「左のワンポイント」と呼ぶ。野村監督が現役であったら、凡田を愛用したにちがいない(余談だが、本作に出てくる監督は、見た目が野村監督に似ているし、おそらくスパイダースのモデルは、東京ヤクルトスワローズである)。
さて、この凡田投手、高卒からプロ入りして8年目の26歳、年俸は1800万円である。数字だけを見ると高給取りのようだが、遅くとも30代か40代には多くのプロ野球選手が引退を迎えることを考えれば、また引退後の仕事がスムーズに見つかることはまれで、解雇された翌年の年収が100万を割るのも珍しくないということを考えれば、決して多いとは言えない。
そんな彼の口癖は、本作のタイトルでもある(「グランドには銭が埋まっている」の略)「グラゼニ」である。自分よりも年俸が上の打者には弱いが、下の打者にはめっぽう強い凡田投手は、今日も年俸アップを狙って黙々とブルペンで準備を続けるのである。
このように、本作は野球マンガだが、かつてのような非現実的で超人的なマンガと比べると、きわめて現実的なのが特徴だと言えよう。
評者もかつて、“大リーグボール養成ギブス”を使って鍛える『巨人の星』や、マウンド上で大きく飛び跳ねる“エビ投げハイジャンプ”といった投法のでてくる『侍ジャイアンツ』をなどの作品を面白く見た。だが、これらの作品と比べて、本作の主人公は、時にピンチを切り抜けつつ、時に失敗もして痛打も浴びる。いわば、主人公が「等身大」か、ちょっと見上げるぐらいの立場にいる現実的な内容のマンガなのだ。
だからこそ、評者は本作を高く評価したいと思う。我々がこれからの競争社会を生き残る上でも、誰もが超一流のジェネラリストを目指して、(例えば英会話に資格に他にも○○に・・・というように)無駄なお金と時間を費やすよりも、むしろ自分にしかない特技に磨きをかけた、超二流のスペシャリストを目指すべきではないか、そんなことを教えてくれているように思われる。