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プロの読み手による書評ブログ

『Wonderful Tonight』Pattie Boyd(Harmony Books)

Wonderful Tonight

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「いとしのレイラよいつまでも」


パティ・ボイド。彼女のためにジョージ・ハリソンが「サムシング」を書き、エリック・クラプトンが「いとしのレイラ」を歌った。

僕は、ビートルズの映画「ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!」でイギリスのスクールガール役で登場した彼女の可愛らしさをいまも忘れられない。ビートルズの4人が電車に乗って移動する場面に出て来たのだと記憶している。そのほか、映画ではないが、ビートルズがスタジオで整髪してもらっている想定で撮影された写真で、彼女はジョージの後ろに座っている。まだ、中学生だった僕は、その写真を見て(ビートルズはこんな綺麗な女性たちに髪を切ってもらっているのだ)とうらやましく思ったことを憶えている。

その後、彼女はジョージ・ハリソンと結婚し、ジョージの友人であったエリック・クラプトンと結婚をした。ジョージとクラプトンとパティ・ボイド。ロック界で最も有名な3角関係の中心にいたパティがやっと彼女からみた物語を書いた。

パティは1944年3月17日に生まれた。この日がちょうど聖パトリック・デイだったため、彼女はパトリシアという名前になった。この自伝は、パティの両親の結婚の話から始まる。パティが4歳の時、両親は母方の両親が暮らすケニヤに移っていく。パティは子供時代をアフリカで過ごしたのだ。これは少し驚きだった。

両親は夫の浮気が原因で離婚をし、パティは冷たく厳しい義父の元で暮らす。しかし、義父は母親の親友と浮気をし、母親と義父も離婚をしてしまう。17歳になったパティは、ロンドンのサウスケンジントンにふたりの女性と一緒にアパートを借りビューティ・サロンで働き出す。

パティはこの仕事をきっかけに、モデルとなり『ヴォーグ』誌などのページを飾ることになる。そうして、テレビ・コマーシャルの仕事を経て映画「ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!」のスクールガール役に抜擢される。

この本によると、ジョージはパティに出会った日に結婚を申し込んでいる。それは多分、彼女をデートに誘うための冗談だったのだろうが、ジョージが彼女に一目惚れだったことが分かる逸話だ。当時、パティにはカメラマンのボーイフレンドがいたので、ジョージの結婚の申し込みもデートの申し込みも断ってしまう。それを友人に告げると、パティはみんなから「あなたはどうかしている」と言われる。パティはすぐにカメラマンのボーイフレンドを振って、2度目にジョージに会った時にデートをする。

こうして、パティはジョージのガールフレンドとなり、ビートルズとロックの世界に入っていく。

パティはこの自伝のなかで「私たちの世代が革命を導いた」と言っているが、それは間違いない。パティと年齢では10歳くらい違う僕らの世代は、その革命を突き進む彼らの姿を憧れを持って見つめ、後を追った。

ジョージと出会ってからのパティの生活はいわゆる「セックス・ドラッグ&ロックンロール」の世界だった。ジョージとリンゴの妻との浮気、ロックスターに近づけるならいつでも服を脱いでみせるグルーピーたちの存在、LSDマリファナ、そうしてレコーディングやツアーなどは女性が入り込めない男の世界だ。

ジェットコースターに乗ったような高揚と鬱の間を行き来する生活のなかで、エリック・クラプトンが彼女を追いかける。クラプトンは一時、パティの妹ともつき合っていた。

パティは、ある時点でジョージの元を離れクラプトンの元に走るのだが、ロンクンロール的な生活は変わらない。クラプトンやジョージが自分に愛の歌を捧げるが、それらの歌は「結局わたしのことではなく、自分のことを歌っている」とパティは言う。自分の存在意義はどこにあるのだろうかと彼女は考える。ジョージやクラプトンは、自己表現をおこない、女性とつき合いセックスもして、時間も好きに使い、ドラッグもやり、音楽仲間もいる。振り返ってみて、自分は偉大なミュージシャンの妻という立場だけなのだろうかと思い悩む。

この本を読むと、パティ自身は物書きでないことが分かる。最初は、文章の繋がりの悪さ、話題の飛び方などが気になるのだが、読み進めていくうちに、ロン・ウッドミック・ジャガーボブ・ディランプレスリー、ジョン、ポール、リンゴ、ジョージ、クラプトンそれに彼らのガールフレンドや妻たちが登場する華やかさ、生活の荒れ方、決断の重さなどの物語が胸に迫り、文章の流れなど気にならなくなってしまう。これが時代を切り開いたスターの力なのだろう。パティ自身より、彼女を取り巻く状況に心が震えるのは仕方のないことだろう。

60年代、70年代に青春を迎えた人々、ビートルズやクラプトンの音楽に影響を受けた人々。僕を含むこれらの人々にこの本は甘く、切ない郷愁を与えてくれる。そうして、パティという波乱に富んだ人生を送った美しい女性の物語に最後は甘酸っぱい感動を憶える。

ひとつの時代の真ん中で生きたパティが自伝を書いてくれたことに感謝したい。


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